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それ行け!早乙女研究所所属ゲッターチーム(TV版)!

70年代ロボットアニメ・ゲッターロボを愛するフラウゆどうふの創作関連日記とかメモ帳みたいなもの。

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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)~ritardando~

夜の時間は、ひたひたと止まることなく進んでいく。
星が音も無くきらめく。彼の演奏の邪魔をせぬように。
森の中。少年と少女が見守る中。
機械仕掛けの伯爵は、ヴァイオリンを奏で続けている。
Grave, Fuga, Allegro...
―と。
「…すう」
「!」
旋律によって、穏やかな眠りの世界に導かれてしまったようだ。
かくん、とうつむいた元気の呼吸が、いつの間にか規則正しい寝息になっている。
「元気くん、寝ちゃった…?」
「…」
元気の頭をなぜるエルレーン。
ブロッケン伯爵も、ヴァイオリンを鳴らす手を止める。
…小学4年生には、そろそろ起き続けているのは辛い時間帯だ。
「もう夜も遅い。小僧を連れて戻れ、お嬢」
「ブロッケンさんは…?」
「我輩は、もう少しここにいる」
エルレーンに短く命じたなり、ふっと顔をそむける伯爵。
そうして、また演奏を再開せんと弓を掲げ―
ようとした手が、ぴたり、と止まる。
伯爵の黒い瞳が、今一度、少女を射る。
「…そうだ、お嬢」
「なあに?」
「さっき、我輩が、お前に話したことは…」
何のことか、とは、あえて言わず。
感情の表れない仮面が、抑揚のない声で言い放つ。
「…我輩と、お嬢の間だけの秘密だ。他の奴には言うなよ?」
「う、うん…」
だが、その口調は淡々としていても、眼光の鋭さがエルレーンに二の句を継がせない。
無言の脅迫に命じられるまま、少女は首肯するしかなかった。
…彼女のその様子を見届け、ブロッケンはまた彼らから視線を外す。
やがて、空気を震わせるヴァイオリンの静かな音色が、再び森の木々の間に響き始める。
バッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番。Sarabande.
見えぬ音符が踊る。闇の中でひらめく。
「じゃあね…おやすみなさい、ブロッケンさん」
「…」
演奏に集中しているのか、それとも意図的な無視なのか。
エルレーンの言葉に、伯爵は目線すら投げず。
…仕方なく、少女は、彼の邪魔をせぬよう…眠る元気を起こさぬようそっと背負って、静かにその場を去った。


ざくっ、ざくっ。
飛行要塞グールに向かう足音が、草むらを踏む。
そのリズムに乗り、ゆらゆら、揺らめく少女の背中。
…やがて、少年も、その動きに目を覚まされる。
「う…ん」
「!…元気くん、起きちゃった?ごめんね」
もぞり、と動いた少年に、思わず足を止めるエルレーン。
元気は、気づかないうちに世界が変わったことに少し驚きつつも、まだ眠りから覚めきれず、ぼやんとしている。
「グールのお部屋に帰って…しゃわー浴びて寝ようね、元気くん?」
「あれぇ…ブロッケンさんは?」
「まだ、ばいおりん弾いてるって」
「ふーん…」
ぽやぽやと生返事を返していたものの、自分たちを包む夜の空気で少しずつ目がさえてきたようだ。
突如、はっ、となる元気、自分がエルレーンに背負われているのだと、ようやく気付く。
いい年をして背負われて運ばれてるなんて、何だか恥ずかしい…
まだまだ幼いのにそう思ってしまう自負もある、微妙なお年頃の小学4年生。
「ごめん!自分で歩くよ、僕」
元気は慌ててエルレーンの背から降り、さくさくと自分の足で歩きだす。
エルレーンも軽く笑み、彼の隣に立って歩きだす。
さくさくさく、ざくっざくっ。
夜の森に、刻むリズムの違う二つの足音が輪唱する。
「…ねえ、お姉ちゃん」
「なあに?」
足を止めないまま、前を見つめたまま、元気が呼びかける。
「今日のこと…お父さんやお母さん、リョウさん達には…言わないほうが、いいよね?」
「…」
「言わないほうが、いいんだよね…?」
―さくっ。
立ち止まる。元気が、エルレーンの顔を見上げる。
だから、エルレーンも、立ち止まる。
答える。
「…うん、そうだね」
少し哀しげに、その答えが空に散っていく。
「鉄仮面のグラウコスさんも、鉄十字のルーカスさんも、…僕らに、自分たちのこと、忘れろ、って言う」
一旦、間。


「けどさ…僕は、」
「うん」


「何だか…何だか、それは、嫌だな、って、思うんだ」


元気が発した言葉は、戸惑いに満ちあふれていた。
それでいながら、彼はそれを強く望んでいるようでもあった。
さわさわ、と、風が弄っていく木々の葉が、軽い驚きと非難の声をあげる。
エルレーンは、一度だけ瞬きして…早乙女元気を、見つめている。
「…おかしい、かな?」
「…」
自分でも、自分の発言がまともなのか、そうでないのか、まだ小さな元気にはわかりかねて。
少女に問うも、彼女もわずかに惑っていた。
そうして、またいくらかの間をおいて。
「…ううん」
彼女も、元気と同じだと告げる。
「私も…おかしくない、って、思う…よ」
すうっ、と、少女の目が、夜空に持っていかれる。
星空。無数に瞬く、幾千の星。
「忘れない。忘れられない。…忘れたく、ない」
「うん」
煌めく星の中に、彼女は誰の残像を見たのだろうか?
恐竜帝国によって造られた彼女の生は、短くとも、多くの哀しみに彩られてきた。
知らないほうがよかった。忘れたほうがいい。
けれども。
それが出来ないから、「人間」は…苦しい。
「だから…リョウたちには、ないしょ。そんで…」
ならば。
ならば、いっそのこと。
忘れずにいればいい。
その記憶を抱きしめたまま、その想いに刺し貫かれたまま、血を流せばいい。
きっと、元気も、いつか…
愛する者の間で苦悩し、こころが引き裂かれるような思いをするのかもしれない。
それは、かつての自分がそうだったように。
「私たちだけの、秘密にしよう…ね?」
「うん…!」
その時は、自分も。
自分も、彼と一緒に苦しみ、同じ重荷を分け合おう。
決意を押し隠した微笑を浮かべた少女が、少年にささやく。
少年はその真意を読み取れず、朗らかに笑う。
綺羅星がさざめく、静かな夜だった。


グールまで帰り着いた二人。
与えられた部屋にてくてくと歩いていくさなか…
「!…そうだ」
何やら、思い出したのか。
出し抜けに、目をぱちくりとさせるエルレーン。
「?どうしたの、お姉ちゃん?」
「ちょっと、やらなきゃいけないこと、思い出した…」
聞く元気に、にこり、と笑みを一つ投げ。
「元気くん、先にしゃわー浴びてて、ね」
「えっ、どこ行くの?」
「うん、えへへ…」
それだけ言って、何処かに行こうとする。
ぽかん、となる元気の問いにも、微笑みでごまかして。


そうして、彼女が向かった先は。


「あしゅら様ですか?ご自身の部屋にもう戻られましたよ」
「どこの部屋?」
「あちら、角を曲がって…一番端の扉です」
廊下ですれ違った鉄仮面兵に問うと、彼はすでに艦橋(ブリッジ)から自室に戻ったらしい。
彼にその部屋の場所を聞き、そちらに向かう。
長い通路を歩いて、歩いて、指示された角で曲がって…
さらに歩いて、歩いて、歩いて、一番端にある部屋の前。
扉のノブに手をかけると、施錠されていなかったドアはがちゃり、と容易く開いた。
開いた扉の先、エルレーンが見たものは…
「?!」
「?!…小娘?!何の用だ!」
…一瞬、エルレーンの目が点になる。
室内にいた人物は物音に振り返り、ノックもせずに入ってきた闖入者に非難と驚き半々の声をあげる。
だが、それは一体誰だ…?
そこにいたのは、女性。
足首までありそうな丈の長い、袖のない白い衣服を身にまとっている。
女にしてはかなりの長身、だが身体つきは引き締まり、頑健さすら見て取れる。
金色の髪を後頭部で一つに結った、この蒼い瞳の印象的な女…
美女、と呼んでも一向に差し支えはない、整った顔。
華やかさ、力強さ。その両者の共存。
嗚呼、だが、しかし…
今までこんな女性を、鉄仮面兵と鉄十字兵tばかりがうろつくグールでは見かけもしなかった。
一体、この飛行要塞の何処にいたというのか?!
そして何故、あしゅら男爵の部屋にいる?!
「えっ…えっ?!だあれ?!」
「…私だ」
混乱する少女を前に、軽く眉をひそめたその女。
事も無げに、短くそう答えた。
頭上に大きな「?」マークを浮かべたままのエルレーン、困惑気味に彼女を見返す。
だが、よく考えれば当たり前のことだ…
エルレーンは、その人に会うためにこの部屋に来たのだから。
だから、ここにいるその金色の美女、その正体は…
「…あしゅら、さん?」
「そうだ」
うなずくその女は、やはり…あしゅら男爵、らしい。
「魔力を練るには、この姿のほうがやりやすいのでな…何故か」
「あしゅらさん、変身とかできるんだ…すごいねえ!」
どうやら、彼は自らの見た目を変えることができるようだ。
そのあまりの変身ぶり、不可思議な能力に、エルレーンは目を見張るばかり。
「…そう言えば、あの女の人…森で私たちに声かけてきたあの人も」
「そうだ、私だ」
「へーえ…!」
思い返してみれば、早乙女研究所近くの森で拉致された時…自分と元気の前に現れたのも、女性だった。
姿かたちを変じることなど、男爵にとっては造作もないことらしい。
あしゅら男爵の異能力に感嘆の声をあげるエルレーン。
―と。
少女の表情が、ぱっ、といたずらっぽいものに変わる。
「じゃあね、じゃあね!…私、とかにも、変身できるの?!」
「ああ…やって見せようか?」
「うんッ!」
興味本位な少女の問いに、「お安い御用だ」とばかりに笑む、金色の女。
軽く手を空中にひらめかせ、瞳を閉じ、集中して、
「よかろう…ふッ!」
「!」
気合一閃!
瞬時、彼女の全身が金色の光で包まれる、その眩さにエルレーンは耐えきれず目を閉じる。
そして、彼女が再びまぶたを開いた時、眼前に立っていたのは―
「…!」
「ふふん…!どうだ?」
不敵に笑む、自分自身!
少しくせっ毛の髪、透明な瞳、しなやかでスレンダーな身体。
「わあぁ…すごい!すごいのぉ!」
「ふふん…」
素直で率直な称賛の言葉に、調子に乗りやすい怪人は至極ご満悦の様子だ。
きゃらきゃら喜ぶエルレーンと、腕を組んで満足そうに鼻を鳴らすエルレーン(もどき)。
と、さらに少女の要求はエスカレートする。
「…ねぇ、ねぇ!じゃあ…『ぼいんちゃん』な私とかにはなれないの?!」
「…はあ?」
…それも、よくわからない方向に。
どうやら、姿はこのまま、胸だけ大きくしてみろ、ということらしいが…??
当惑を隠さないエルレーン(もどき)に、なおもエルレーンは言い募る。
「『ぼいんちゃん』の!『ぼいんちゃん』の私!」
「…随分こだわるな…まあ、構わんが」
何度もその単語を連発してねだるものだから、もどきも首をひねってはいたが…
彼女のご希望通りの姿に変わって見せた。
金色の光がまたエルレーンの目を焼き、そしてその光が失せると…
「…!」
「こんなものか…?」
「わぁぁぁぁい!わぁぁぁぁい!『ぼいんちゃん』の私なのぉ!!」
たゆん、と、重たげに揺れる、二つの双丘。
黒いバトルスーツ、その胸には、本物の彼女にはない大きな盛り上がりが生まれ、その胸乳の間には深い谷間。
細身の身体に対して胸部だけがやたらと派手に目立っているという、アンバランスで肉感的な姿。
目の前に出現した自分の夢に、エルレーン、まさに狂喜乱舞。
飛び上がって喜ぶ様子に、もどきは困惑気味だ。
「…うれしそうだな」
「すごい、すごいの…こんなに、おっぱい、おっきく、て…」
「?…どうした、小娘?」
「…っく…ひいっく、うううッ…!」
「えっ、泣いてる?!」
が、まあ。
自分の理想を具現化した姿を目の当たりにしてしまえば、ひるがえって、そうではない自分の身が哀れに見えてきてしまうもので。
己の胸のぺたんこさを改めて自覚させられたのか、哀しくなってしまったらしいエルレーン…いつの間にやらぺそぺそとしゃくりあげている。
「うぐっ、えぐっ…ほ、ほんものは、いつまでもっ、ちっちゃいままなのに…いっ」
「こ、小娘…あまり気に病むな。気に病めば、大きくなるものもならんぞ」
「…うええっ、っく…!」
一方、何だかよくわからないことを言われ、何だかよくわからないうちに泣き出す少女を前に、困ってしまっているあしゅら。
やはりよくわからないうちに、しくしく泣くエルレーンを慰める…
「そ…それよりも、だ。…こんな夜中に、私に何の用だ?」
「あ…」
再び、長身の女性の姿に戻ったあしゅら。
やや低いアルトの声が、来室の意図を問う。
そこでやっとエルレーンは本来の目的を思い出したのか、慌ててごしごしと目をこすり。
改めて、あしゅら男爵に向き直り、告げた。
「えっと、ね…ありがとう、言いに、来たの」
「?」
男爵殿は、礼を言われる理由に見当がつかぬらしく、少し片眉を上げたのみ。
少女は、少し照れたような顔で、金色の女を見つめて、言う。



「私を、叱ってくれて、ありがとう…」



「あの時。あの攻撃を、受けた時」

「あしゅらさんは、言ってくれた…思い出せ、って」

「だから、思い出せた。
私の『母親』は、『おかあさん』は…」

「ルーガは、そんなこと言わないって、思い出せたの」



「だから…ありがとう、あしゅらさん」
「…ふっ」
エルレーンの感謝の言葉に、蒼い瞳が微笑んだ。
「当たり前だろう?…そうでない『母親』がいるとは思いたくない」
それは、断言に近かった。
いや、むしろ…それが必然であるかのように、彼…いや、彼女は言うのだ。
あしゅらはあの時言った、「我が子を黄泉の世界へ『連れて行こう』とするような『母親』がいてたまるか」と。
あしゅらはあの時言った、「お前の『母親』はそんなことを望みはしなかったはずだ」と。
その言葉がエルレーンを死の幻惑から引き戻し、彼女を救った。
今彼の口から出た言葉も、その時と同じ強さを持っていた。
「…あしゅらさんも、」
だから。
だから、少女は…ふと、思ったのだ。
「あしゅらさんも、もしかしたら…『おかあさん』なのかな?」
「?」
強固な信念をもってそれを語れるのは、彼自身も以前は「母親」だったからではないか?
そんなエルレーンの素朴な思い付きに、あしゅらは目を軽く見開く。
「えっと、なんか…そんな、気が、した」
「…ふん、そうかも…な」
くすくす、と、おかしそうに笑う。
「そうだな。そうだったのかも知れぬな?」
金色の絹糸が、彼女の笑いに合わせてきらきら揺れる。
蒼い瞳の美女は、軽くうなずきながら、顔をほころばせる。
「私が、『あしゅら男爵』として意識を取り戻した時も。
何故か…この姿には、自然に変身できた」
「へえ…」
「これが、きっと。私の本来の姿なのかもしれぬ」
軽く首を傾げれば、ポニーテールに結われた金色の髪が、しゃらん、と鳴る。
蒼い瞳をまたたかせ、あしゅらはふむ、とあごに手をやり。
「そうだな…」
また、嘆息。
少女の言葉を、噛み締める。
「私たちが、生きていたころ…私たちには、『子ども』がいた…そんな、気がする」
あいまいな言葉。だが、そこにこもるのは、確信。
自分は「母親」であったと(そして「父親」であったと)、愛する「子ども」をもっていたはずだ、と。
数十年、数百年、どれほど以前のことかすら定かではないし、わかりようがなくても。
それどころか、確信に至らせるまでの記憶の欠片、それすら見いだせていなくとも…
「まあ…貴様のような、行儀の悪いわがまま娘でなかったことを祈るがな?」
「む、むー!」
「はは、何にせよ…そのあたりもまったく思い出せぬのが口惜しいな!」
あしゅらの軽口にむくれる少女に、にっ、と笑みを投げてみせる。
やはり、彼はけろり、としている。異常なほどに。
記憶を失っていることに対しての苦悩も、狂乱も、鬱屈もなく。
元々深く考えない性質なのか、それともそれは、二つの魂が一つの肉体の中で混在し混線してしまったための障害なのか。
「だが…それでも、少しだが覚えていることもある」
ふと。
蒼い瞳が、にわかに真剣みを帯びる。
「魔法もそのうちのひとつだ」
「まほー?」
おうむ返しに繰り返す少女に、うなずいてみせる。
魔法。
この世界においては、幻想小説(ファンタジー)にしか存在しない、科学の範疇を超えた神秘の技。
エルレーンにとっても、それはただの想像やお話の出来事としか思えなかったが…
「そうだ…とはいえ、それに関する記憶も、あまり多くは思い出せていない…
当然、私の魔力もまだそれほどには高くはない。
軽い傷を治す、小さな炎を生む程度が今の限度だ」
「あ…」
そう言えば、百鬼帝国との戦闘中に出来た額の切り傷…
あしゅらが手をかざし何かをつぶやいた途端、それが跡形も無く癒えたことを、少女は思い出す。
…あれが、彼女の魔法、なのだ。
「しかし、そんな乏しい魔力でも…練り上げれば、護符のひとつくらいは作れる。
身を護るための宝珠…戦士を護るモノ、それに、例えば」
歌うように、何処か芝居じみた言い回しの台詞を口にしながら。
あしゅらは水晶のそばに置かれたモノを取り上げる。
そうして、ちらり、と、茶化すような、からかうような視線をエルレーンに投げる。
「例えば…『死にたがり』の小娘を護るモノ」
「し…え、ええっ?」
「…だから、お前にはちょうどいい」
あしゅらの発した強い言葉に目を白黒させるエルレーン。
彼女の困惑を意に解することもない金色の髪の女性は、何やらうそぶきながら…少女の眼前に、それをぶら下げて見せた。
「つい今しがた、完成したばかりだ」
「…?」
「今回の詫び…というわけではないが。お前と、小僧にこれをやろう」
そう言いながら、エルレーンに差し出してきたモノ。
革紐が通された、コインほどの大きさの…碧く煌めく石。
エルレーンと元気の分、ひとつずつ。
光を吸い込み、妖し気に違った色の光をはじき返している。
「わあ…きれいだねえ!これ、なあに?」
「これは、一種の守護珠だ。私の魔力を込めてある…
身に着けていれば、何らかの生命の危機が迫った時、一度だけ身代わりとなってくれるだろう。
…まあ、限度というものはあるが…たいていの攻撃なら、宝珠が受けとめ、代わりとなって砕け散る」
きらきらと輝いて揺らめくその碧い石に、少女のこころが吸い込まれる。
こんな小さな石にそんな力が込められているとは…
「へえー、ばりあみたいな感じ?おもしろーい!」
「以前から魔力を少しずつつぎ込んできた、作りかけのものだったが…やっと先ほど二つ完成した。
…やれやれ、久々に魔力を酷使したぞ!」
少女の反応に気をよくしたのか、明るく製作の苦労を語ってみせるあしゅら。
どうやら、先ほどからこれを作るために、金色の髪の女性の姿に為っていたようだ…


「小娘」
刹那。
その表情がにわかに変わり、真剣なものとなる。
見据える。
透明な瞳の少女を。
あの、鬼神のような荒ぶる戦いぶり。
恐竜帝国の「兵器」。
「母親」の幻影に惑わされ、黄泉路に片足を踏み入れようとした「子ども」。
―目の前の、「死にたがり」の少女。
「ブロッケンは言っていた…あれは、強力な催眠のようなものだと」
そうだ。
あの陰気な出来損ないの機械人形も、「何か」を見たのだろう。
「だが、催眠術で人は死なん。『人間』には、生きようとする本能というモノがあるのだからな」
しかし、奴は自力でそれから脱した。
独力でそれができず、そのままずぶずぶとあの怪光線の見せる幻惑に沈み込んでいったのは―この、小娘。
すなわち、小娘がそうなったのは…


「催眠術で死ねるのは…」

「…自ら、死のうとしている者だけだ」
「…」


暴かれたその理由を突き付けられ、エルレーンは何も言い返す言葉を持たなかった。
ただ、静かに唇を噛む。
あの時の愚かしい自分を…あるいは、純粋に己の望みに従った自分を…恥じているのか。
下を向き、黙りこくってしまう少女。
彼女を見やり、あしゅら男爵は…言葉を継ぐ。
「小娘。お前が何を思って死に急ぐのかは、私の知った事ではない。…だが、」
そこで、一旦、言葉を切り。
金色の女は、蒼い瞳で少女を見る。
「…お前は、まだ…生きているだろう?」
呼びかけるように。
説きつけるように。
「死にたがり」の少女を、蒼い瞳が貫き。
「まだ、時間があるじゃないか…!」
「…!」
その言葉が、エルレーンの鼓膜を揺さぶった刹那―
透明な瞳に、涙が浮かんだ。


それは、まったく、同じ言葉だった。
同じ言葉だったのだ。


あしゅら男爵は知るはずがない。知っているわけがない。
嗚呼、けれど…この人は、いや、この女(ひと)は、同じことを言った。
あの気高き女龍騎士、エルレーンにとってたった一人の「ハ虫人」の「トモダチ」と、同じことを言ったのだ。
脳裏によみがえる、あの女(ひと)の顔。
ゲッターチームとの戦いの中、葛藤に苦しみその挙句に自死を選んだ、あの時。
死の縁で見た幻影の中、現れたあの女(ひと)。
…あの女(ひと)と同じことを、言ったのだ。
「小娘、死ぬのは…哀しい事だぞ。
それに、何もそう急がずとも…時が来れば、相手のほうから勝手に迎えに来る」
あしゅら男爵は、軽く笑って、エルレーンに言う。
軽くたしなめるように。穏やかに慰めるように。
嗚呼、何故。
何故、この女(ひと)も…ルーガと同じことを言うのだろう。
「出来る限り、生きていろ」、と。


「だから、それまで…生きておればいいだろう?」
「あしゅら、さん…」
「せいぜい楽しんで生きればいい。それが一番だよ、小娘…」


何故、同じことを言うのだろう。
それとも、それは…「母親」たるものが、皆一様に「子ども」に対して望むことなのだろうか?
記憶のない、自らの「名前」すら失って思い出せない、この怪人も。
かつては自分の娘にそう語っていた「母親」だったから、なのだろうか―?


くっ、と、金髪の女性の唇が、笑みを形作る。
次の瞬間、金色の残像を空間に残し、両性融合の「バケモノ」がエルレーンの眼前にたちあらわれる。
「…だから、そのために、これを。
一度だけなら…この宝珠が、お前のいのちを危機から守るだろう」
男女のユニゾンが、そうささやきながら。
「死にたがり」の少女に、碧き護り珠を渡す。
「…うん」
エルレーンが浮かべるのは、微笑。
つぎはぎの怪人も、奇妙で奇怪な姿の両性具有(アンドロギュヌス)も、微笑。
少女の手の中で、鈍く輝く海のような碧。
光がきらきら、「生きろ」、「生きろ」と、揺らめいている…
その輝きを、そっと握りしめ。
エルレーンは、生の感触を確かめた―



「ありがとう、あしゅらさん」


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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)~pianississimo~

*この話は、中編小説誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)の続きです!
これまでの話は↑からどうぞ(*˘◯˘*)


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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)~pianississimo~
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「ブロッケンさーん!どこ行くのぉ?」
「…!」
ブロッケン伯爵の歩みを止めたのは、その静かな森に不釣り合いなほどの明るい少女の声。
虚を突かれた彼が振り返ると、いつの間につけてきたのか…そこには、エルレーンの姿があった。
…それを見た彼の表情に、多少ばかり面倒くさげな色が浮かぶ。
「…別に。たいしたことじゃない。…帰れ」
「えー?」
率直に追い返そうとしたものの、少女はめげる様子すらなく。
むしろ、ちょこちょことブロッケンの傍に走り寄ってきて。
「それ、なあに?」
「…」
「ねーえ、それ、なあに?」
「…」
嫌そうな雰囲気を押し隠しもせず発散しているブロッケンに対して怯む様子もなく、彼の右手に持った少し大きめのモノを指して問いかける。
どうやら、楽器ケースに興味津々のようだ…
困惑と煩わしさが少しばかり、無表情気味の伯爵の顔に浮かぶものの…少女はそういったものを敏感に感じ取れるような性質ではないようだ。
数秒ばかり、無言という態度で返答していた伯爵だが。
…やがて、それも無駄だと悟ったか、けだるげな吐息と入り交ぜてエルレーンの問いに答えた。
「…ヴァイオリン、だ」
「ばいおりん?…ばいおりん、って、なあに?」
「…楽器」
「へーえ!どんなの?見せて見せてぇ!」
「…」
どうやら、彼女は「ヴァイオリン」自体を知らないのか…
新たな言葉、新たな概念に、ぱっ、とその瞳が知的興奮で輝く。
今度こそはっきりと、ブロッケンが嫌そうな顔をしたが…好奇心を刺激されてしまったエルレーンは全然それに気づくこともなく。
きゃらきゃら笑いながらその楽器を見せろとせがんでくる。
仕方なく、ブロッケンはケースを大儀そうに開き…中で眠っていた、その使いこまれた弦楽器を彼女に手渡した。
「ん~…?これ、吹くとこ、どこ?」
「…?」
「はーもにかみたいに、吹くとこがないねえ」
それをうきうきと手にし、くるくると回して観察する少女…
しかしながら、吹き口?がないことに不思議そうな様子だ。
「吹くものじゃない…弾くものだ」
ブロッケン伯爵は、左腕に抱えていた己の首を胴に据え付け、ヒトの姿に為る。
そうしてから、彼女からヴァイオリンを取り上げ…
左肩と、左顎の間に軽く挟むように構え。
右手に持った長い棒…「弓」を軽くヴァイオリンの弦に当て。
―軽く身体をしならせ、引く。
「わあ…!」
思わず、声をあげるエルレーン。
木立の間を、なめらかな音が渡っていく。
風がさわさわ、と、葉擦れの音をその伴奏と変えて。
バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番が、彼女以外観客のいない夜の中で、静かに鳴り響く。
エルレーンは目を閉じ、うっとりとその音色に聞き入る。
人里離れた森林、星空の下。
奏者は一人。観客は一人。
たった二人の、コンサート。
「おーい、エルレーンのお姉ちゃん!」
「あっ、元気くん!」
「ブロッケンさんと、何してるの?」
―と、そこに。
後を追いかけてきた、早乙女元気。
…やかましい観客がまた一人増えたことに、伯爵はついまた深いため息をついてしまった。
「見てぇ、『ばいおりん』って楽器、だって!」
「バイオリン?」
「ブロッケンさん、楽器が使えるんだねぇ…すごいねぇ」
先ほどまでの静けさが嘘のように、にわかに騒がしくなった森。
…百鬼帝国との戦闘(と、その後のエルレーンとのやり取り)。
そのせいで苛立つ自分自身を落ち着かせようと、独りでやってきたのに。
何故か子ども二人に絡まれ、周りできゃわきゃわとやかましい…
そんな沈痛そうなブロッケンの表情にはまったく気づくふしすら見られない二人、楽し気にしゃべっている。
…すると、その会話の矛先が、突然自分にも向いてきた。
「ね、もっと聞かせて?ブロッケンさんの音楽、聞かせてほしい…な」
「あー、僕も聞きたい!弾いてみてよ、ブロッケンさん!」
「…ね?だめぇ?おねがーい!」
「ねー!ねーってば!」
きゃわ、きゃわわ、きゃわわわわわわ。
まったく、子どもの会話というのは…どうしてこんなに、けたたましいのだろう?
無駄にエネルギーに満ちあふれていて、それでいてこちらの話を聞かず…!
…無意識のうちに、頭痛でもこらえるかのように、ブロッケンは額に手をやってしまっていた。
「…」
しかしながら、抗弁しても無駄であろうことは、先ほどのエルレーンとの会話でとうに知れていた。
やっても無意味なことは、繰り返す意味がない…
合理的判断は、正しいながらも面倒なことを彼に強いる。
不承不承、彼は…うるさい子どもたちのリクエストに応えざるを得ない。
「はあ…」
せめてもの皮肉に、当てつけがましいため息をわざとらしくついて見せるものの。
きゃわきゃわとした子どもたちは、そういったものを理解してはくれず…むしろ、わくわくきらきらした目でこちらを見つめ返してくる。
沈黙したまま、ブロッケンは再びヴァイオリンを構え、右手の弓を空に舞わせる。
弓はゆっくりと弦の上を滑り、音楽を奏でだす。
「わあ…」
「…!」
ヴァイオリンが生み出す豊かな音のストリームに、思わず声をあげるエルレーンと元気。
ぺたり、と、地面に座り込み、曲に聞き入る。
軽く目を伏せた伯爵は、既に幾度も弾いたその曲を、容易く演奏し続ける。
白い手袋が、踊っている。
弦とフレットの上で軽やかにステップを踏む左手の指、緩やかに行きつ戻りつする弓を操る右手。
その下に、鋼鉄とパイプが形作る機構があろうとは、誰がわかろうか…
バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ。今度は、第2番・Andante。
切なさを含んだメロディーが、少女たちの鼓膜を、こころを揺らす。
人里離れた森林、星空の下。
奏者は一人。観客は二人。
たった三人の、コンサート。


しばし、時と旋律だけが、その空間を不可思議に埋め。
やがて、伯爵の脳内にある楽譜も、最後の部分に差し掛かる。
高い音、低い音。移り変わり、
そして…ことさらにゆっくりと弓を引けば、長く長く音が伸び、それが曲のエンドマークとなり…
引き抜いた弓が、すうっ、と、ヴァイオリンから離れて空に浮く。
ふつり、と。
余韻を残して、音が森に吸い込まれ…消えていく。
奇妙なコンサートは、そうして、終わった。


静寂。
その場の空気が、静止し―豊かな無音が、数秒続いた後。


「わー!すごいねぇ、きれいだねぇ!」
「…それは、どうも」
きゃらきゃら笑いながら、ぱちぱちと拍手するエルレーンと元気。
惜しげもない称賛に、しかしながら…鋼鉄で組まれた伯爵殿は、金属並みに冷たい答えを事務的に返すのみだった。
「ブロッケンさんは、音楽が好きなの?」
「…別に」
元気の問いかけにも、別段、うれしそうでも、楽しそうでもない。
平坦な口調で、短く、そう言うだけ。
それは、嘘をついているようには到底感じられず、ただ事実として述べているだけのように聞こえる。
「ただ…気を落ち着かせたい時に、弾いてみるだけだ」
「そうなの?」
「そんなに上手にばいおりん弾けるのに…」
エルレーンの「どうして?」という感じのセリフにも、目線を合わさず、何も言わず。
何処か投げやりな、無気力、無関心。
色のない、色の見えない、ブロッケン伯爵の表情を見やりながら…元気は、先ほどあしゅら男爵が言い放った言葉を思い出していた。



(あいつは、『死にたがり』だからな)

(あいつは、生きてはいない。生きようとしていない。ただ、死んでいないだけだ)

(自ら生きようと、あがこうとしない。自ら生きようと、望みすらしない。
死神の影を引きずって、引きずったままで、ただこの世に『存在している』だけだ)



それ故、この「バケモノ」じみた、サイボーグの男は。
音楽も、何であっても…まるで、「自分は楽しんではいけない」としているようで。
「…でも、僕は」
けれど、元気にとっては、それは何だか辛い、哀しいことのように思えたから。
この「死にたがり」の伯爵が、かわいそうに思えてしまったから。
…だから、つい、伝えたくなってしまった。
「いい、って、思ったよ…すごく」
彼の音楽が、素敵だった、と。
それを作り出せることが、素晴らしいことだ、と。
…例え、その言葉が、彼にとっては何の役に立たなかったとしても。
「ブロッケンさんのバイオリン…好きだよ」
「…」
幼い少年の、飾り気のない、拙い…けれどもまっすぐな好意。
それを向けられた伯爵は少し戸惑ったのだろうか、しばし言葉を失う。
普段、周囲よりは畏怖と憎悪、忌避しか受けぬ我が身。
そこに突然かけられた純粋な温かさに、意表を突かれて面喰らったのか。
素直にそれを受け取るどころか…軽く首をひねり、こう言ってのけるのだ。
「…おかしな、ガキどもだ」
好意に、軽い嘲りで返す。
けれども、その言葉自体は悪いが…口調そのものは、心なしか穏やかだった。
「おかしなガキだな、お前は」
「ちょ、ちょっとお!」
だが、まあ…小さい子どもに、そんなかすかな機微などがわかるはずもなく。
繰り返すブロッケンの憎まれ口めいた言葉に、ぷんすか怒る元気。
「せっかくほめてるのに、そうゆう言い方はないんじゃない?!」
小学4年生にしては割と身長も低めのちびっ子が、胸を張って抗議する。
「そうゆうのって、よくないと思うなあー!」
世界征服をもくろむ悪の科学者、ドクター・ヘルの部下、破壊の権化たる機械仕掛けの伯爵に向かって、ぷんぷん怒る早乙女元気。
むーっ、とむくれた顔で、さらに主張する。
「大体!僕の名前、『ガキ』じゃないし!…僕には、『早乙女元気』って立派な『名前』があるんだい!」
「…そうか」
そう、ちまっこい子どもだけれど、立派な「名前」があるのだ。
だからそう呼べ、と、邪悪の化生に要求する小学生。
…伯爵は、ただ、一言を返すのみ。
「そうだよぉ…『名前』は、とーっても大事なものなんだから!」
さらに、エルレーンもそこにかぶせてくる。
「名前」の大切さを力説する…
それは、「人間」の精神を、魂を固定する、重要なもの。
そのことを、彼女は自らの経験をもって強く強く認識している。
記憶を失ったあしゅらも、失ったそれを探し求めている…
それほどまでに大切なものなのだ、「人間」にとっての「名前」というモノは。
「ブロッケンさんは…『はくしゃく』ってのが『名前』なんだよね?」
「…はあ?」
…と。
エルレーンの口から、ぽん、と飛び出てきた、ピント外れの問い。
予想外の質問に、伯爵は我知らず眉をひそめる。
「だって、元気くんは『早乙女』がミョウジで、『元気』が名前…でしょ?
だから、ブロッケン伯爵さん、だからぁ…『ブロッケン』がミョウジでぇ」
「…違う」
どうやら彼女は素朴にも、「フルネームの上半分が名字・下半分が名前」と思い込んでいたらしい。
しかしながら、もちろん「伯爵」とは称号(タイトル)であって「名前」ではない。
「え、そうなの?…それじゃあ、ブロッケンさんの『名前』って、何て言うの?」
「…」
彼女の疑問は、止まらない。
止まらないままに、エルレーンは知らずと触れてしまう…
伯爵が、心の奥底に押し込めてしまったことに。
ブロッケンの眉が、ぴくり、と、不快気に上がる。
何かを即座に言い返そうとして、だが…一旦、口を閉ざす。
どう言えばいいかを、少々逡巡しているようだ。
さわさわ、さわさわ、と、そよ風が先を急かしてくる。
もう一度、男が、口を開く。
「…ない」
「?」
よくわからなかったらしい二人が、目をぱちくりさせる。
伯爵は、もう一度反復する。


「今は、もう…ない」


「ない…?」
「どうして…?」
実際のカタチのないモノ、それが「ない」…?
ブロッケンの言うことが理解できないエルレーンと元気。
…嘆息とともに、伯爵は吐き出す。


「…置いてきた」


「えー?『名前』、落としたの?どこにぃ?」
「お…お姉ちゃん、たぶんそういうことじゃないと思う…」
意味が飲み込めずすっとぼけたことを言うエルレーンに、さすがに元気が言葉を挟む。
それでも何やらわかりきっていない様子だったが…次に伯爵が見せた言動で、彼女もやっと理解した。
情で彩られない、凍てついた顔で。
機械仕掛けの伯爵は、先を続けた。
「…見てわかるだろう。我輩の姿を」
はっ、と、短く息をつき。
手にしたヴァイオリンと弓を、ケースに置き。
ブロッケン伯爵は、おもむろに自らの頭に両手をかけ…ぎっ、と、ひねった。
刹那、ぎりっ、と音を立て、本来であればそこで断ち切れるはずのない場所で…首が、取れる。
左腕が、そのまま抱え込む。彼の、首だけを。
その動作は、どこか露悪的で。
自分が人間離れしているさまを、二人に見せつけんとしているようで。
左腕に抱えられた生首が、淡々と言い放つ。
異常な姿で、異常な言葉を。
「我輩は…一度死んでいる。死んで、こんな有様になっている」
その口調はまったく、感情のぶれというものが感じられなかった。
平坦に、そう吐き捨てる。
もうすでに、彼の中でそれは「どうでもいい」ことであるかのように。
「…」
元気の中で、またあの時にあしゅら男爵が言った言葉がよぎる。
…彼は、今ここに在ることすら、倦んでいるのだ。
「だから、その時に。『人間』としての『名前』は…置いてきた」
そう、それ故に。
今の自らを、彼はその端的な言葉で表現する。
彼は自分を最早「人間」だとは思っていない、現在の自分の姿を―
「『バケモノ』に、『人間』の『名前』など…必要はないからな」
眉一つ動かすことなく、ブロッケンはそう断じた。
強張った、表情のない顔で。
その中で、異様を放つのは、その瞳…
…黒い瞳。
そう、黒い瞳だった。
真っ黒で、何の光も映さない。
「でも…」
それでも。
そのうろ暗い瞳に気おされながらも、エルレーンは言った。
かすかに細い声が震えたのは…怖じたからではない。
「ブロッケンさんは…私を、助けてくれたよ」
それは、こころがさざめいたから。
自分と同じモノを見た、自分と同じ哀しみを知っている、その男の言葉に。
闇に落ちた自分に、過去を語り…慰めの言葉をかけてくれた、その男に。
「だから、ブロッケンさんは…『バケモノ』じゃないの」
透明な瞳に、少女の網膜に、さかしまに映り込む、軍服姿の男。
己が頭蓋を、己が腕で抱えるという、「人間」では到底あり得ない身体。
デュラハン(首なし騎士)のおぞましいその有様を見て、彼女は―そう断言した。


「…」


少女の声が、森の空気の中に散っていく。
ブロッケン伯爵の黒い瞳が…わずかに、揺らめいた。
それでも彼は、「バケモノ」たろうとする彼は…冷たく少女の言葉を拒絶する。
「そんなもの…ただの、成り行きだ」
「…」
冷淡な拒否。
エルレーンの表情を、哀しみがかすめる。
―けれども。
「…でも、」
今度は、少年の声。
元気は見つめる。
「バケモノ」を。
あの戦いのさなか、エルレーンを決死の覚悟で…己の腕すら失うことすら辞さぬ覚悟で、救った彼を。



「誰かを、助けることができるヒトは…『バケモノ』なんかじゃ、ない、って…僕も、思う」



「…」
刹那。
…伯爵の表情が、一瞬。
一瞬だけ、変わったのを、二人は確かに見た。
軽く目を見開き、自分たちを見返した、その瞳。
軽い驚きと、困惑と。
苦笑のような、微笑のような。
ただ、それだけ。
それだけなのに、何故か…伯爵の表情は、ひどく「人間」くさいものに見えたのだ。
凍りついた、自ら凍りつかせた、常に彼が張り付けている仮面ではなく―


―しかし。
それはやはり、一瞬。
ほんの一瞬だけの、油断。
元気たちの視線に気づいた伯爵は、すぐさまに…
冷酷で冷淡な仮面で、自身の惑いを、「人間」らしさを覆い隠してしまう。
「ふん…」
それは、そんな自分の姿を見られた、彼の照れ隠しなのかもしれない。
視線をわざと、遠くへ投げて。
機械仕掛けの怪人は、再び首をあるべき場所に据え。
子どもたちのほうを見ずに、またヴァイオリンを拾い上げ、構え…弓を引く。
黒い夜。満天の星々。何処か哀しげな旋律。
ブロッケンは、ただただバイオリンを奏で続ける。
エルレーンと元気は、最早…口を開くこともせず、孤独なそのメロディーに耳を傾けていた。

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百鬼百人衆角面鬼兄弟、やきう場に推参す。横浜スタジアム編1



yo ko haaaaaaaaa ma no soooooooooora taaaakaaaakuuuuuuuuuuuuuuuuuuu


Home-run kaaaaattobaaaseeee Tsuuuuuuuuuuu Tsuuuuuuuuuuu GooooooooooooooooooooooU!!!




「というわけで!また東京に潜伏している諜報員から、ヤキュウ場のチケットが届いたぞー!!」
「よっしゃあああああ!!」
「わーーーーーい!!」

それは、とてもとても喜ばしいニュース。
長兄の部屋に、ぱあっ、と、弟たちの明るい声が響いた。
人間たちは知る由もない、この地球は狙われている。
邪悪な鬼たちが蠢く闇の帝国・百鬼帝国…
だが、その強力な尖兵たるべきエリート集団・百鬼帝国百鬼百人衆が一員、角面鬼兄弟は…人間どものスポーツ・ヤキュウにうつつを抜かしているのだった!
元々は彼らの宿敵である早乙女研究所ゲッターチームの一人・車弁慶を陥れるために研究し始めたヤキュウだが…
その魅力に取りつかれ、とうとう「偵察」とかいう言い訳を作り出し、人間のヤキュウ場にも繰り出すようになったのだ。
記念すべき初観戦として、千葉ロッテマリーンズの本拠地・ZOZOマリンスタジアムに赴いたのはついこないだのこと。
その時の興奮も冷めやらぬうちに、彼らは次のヤキュウ観戦の手はずを整えていたのだった…
人間界に潜伏している諜報部の者に、試合のチケットを取らせていたのだ。
長兄の一角鬼が(人間界征服のための作戦立案もろくにせずに)根城としている自室に、おもむろに弟たちを呼び寄せて。
誇らしげに弟達に見せびらかすのは、三枚のチケット…
夢劇場への通行切符に、目をきらきらと輝かせる三馬鹿兄弟であった。
さて、今回の舞台は、というと…
「今度は何処なんだい、兄ちゃん」
「ええっと…カナガワ県ってとこにある、『ヨコハマスタジアム』ってとこらしいな」
次兄の二角鬼の問いかけに、チケットに書かれた地名で答える一角鬼。
横浜スタジアム…神奈川県は横浜の街中に位置する球場である。
「今度は行き方をちゃんと調べておかないとね」
末弟の三角鬼が漏らした言葉に、うんうん、とうなずく二人。
以前ZOZOマリンスタジアムを訪れた際は、便利な直通バスの存在を知らなかったため、無駄に長距離を歩いてしまった苦い経験からの言葉である。
そう、何においても、下調べというのは大切なのである。
「そうだな…後、座席もあらかじめ、ある程度の場所調べておくか?」
「ナイヤかガイヤくらいはなぁ、せめてなぁ…あっ?!」
…と、その時。
チケットをぼんやり見ていた一角鬼、その表情が何故か険しくなる。
「どしたの、兄ちゃん?」
「お、弟達よ…これを見ろ!」
「!」
いぶかる二角鬼と三角鬼に、一角鬼はやや震える手でチケットを示して見せた…
…すると、彼らも気づいた。
そう、その三枚のチケットは、全て…
「これ…」
「三枚とも、全然別の場所じゃねえか?!」
値段もばらばら、よく見れば印刷された場所?も違うらしく、用紙も違う。
何より問題なのは…そのチケットがそれぞれ指示している座席の場所、それが三つともまったく別々だったことだ!
またも発生した兄弟バラバラ事件に、つい苛立たしげな舌打ちを鳴らす一角鬼。
「諜報員の野郎、また適当な仕事しやがって!」
「俺たち三人で行くって言ってるのに、何でそれくらいの配慮ができねえんだか…!」
今度こそ三人揃ってヤキュウ観戦ができると思っていたのに、思わぬトラブルである。
諜報部によって繰り返された過ちに、三人ともがっかりの表情を隠せない。
ふんす、と鼻息荒く立ち上がり、一角鬼は壁際のコンソールに設置された長距離通信機を手にした。
「手配しなおさせてやる!まったく…」
どうやらバチあたりにも、チケットを手配した諜報員にクレームをつけようとしているようだ。
コードを入力し、受話器を耳に当て、しばし待ち…
「ああ、黒影鬼か!お前、このチケットは何なんだよ!」
相手が出たなり、苛立たしげに怒鳴りつける長兄。
まったく迷惑なクレーマーそのものである。
「俺たち三兄弟で行くって言ったろ!何で…」
なおもぷんぷん怒りながら彼は抗議する、が…
「ッ?!」
空中に一瞬、飛び跳ねる兄者。
突如、はじかれたように耳に当てた受話器を引き離す。
思いもよらぬことに、抗議に猛抗議で返された。
電話相手のすさまじい反撃が音波となって、一角鬼の鼓膜を貫いたのだ。
少し離れた場所にいる二角鬼と三角鬼にも、何やら受話器がわめきたてているのが聞こえるぐらいだ…
「?!…あ、ああ、はあ」
目を白黒させながらその攻撃に耐える長兄、先ほどまでの態度はどこへやら。
「そ、そうか…わ、わかった!わかったから…俺が悪かった!無茶を言った俺が悪かった!」
あまりの相手の勢いに、やがて反論する気力すら奪われたのか。
そのうち何とかその場を取り繕うかのように、詫びの言葉を連発しだす。
自ら地雷を踏みぬいてしまった彼、とにかく相手の機嫌を取ろうと必死になっている。
その合間にも、激高してしまった相手はぎゃんぎゃんと怒鳴り続けているようで、受話器から漏れ聞こえる女性の甲高い怒号はまったく止む様子を見せない…
「すまない!謝る!謝るから!…ありがとう!苦労かけてすまない!
じゃ、じゃあまたな!次もよろしく!」
しかしながら何とか会話の継ぎ目を狙い、無理矢理に会話を終わらせた一角鬼。
がちゃん、とばかりに通信機をコンソールにたたきつけ。
「はあ…」
がっくり、と両手をつき、疲労に満ちた深い深いため息を吐くのだった。
「ど、どうしたんだよ、兄ちゃん…」
「い…いや、何でも…ヨコハマスタジアムのホームチーム、『ヨコハマDeNA(ディー・エヌ・エー)ベイスターズ』?
…最近急に人気が出だして、チケットがまともに取れないんだと」
そう、それが諜報員が激怒した理由だった。
人間どもですら手に入れにくいチケットを何とか三枚も用意したというのに、それに何も考えずに文句を言われれば…そりゃあブチキレるのも当然であろう。
「へえ、人気球団なんだ!」
「それで、何とか手を使って集めたのがこのチケットで…文句を言うなら殺す、と言われた」
「…ヤキュウの試合も、なかなか人気なんだな」
改めてヤキュウの人気の高さに舌を巻く三人。
それを考えれば、たとえ席がばらばらであっても、むしろ三人とも同じ日の同じ試合を見に行けることだけで満足すべきなのかもしれない。
「仕方ない弟達よ、今回は三人バラバラになってしまうが…」
「まあ、せっかく取ってもらったんだしね!」
「それで、どうやってどこに行くか決めるんだ?何かこれ、値段も全然違うみたいだぜ?」
二角鬼のもっともな疑問。
当たり前だが、高い席ほどいい席…なのだろう。
それを考えれば、この三枚のチケットをどう配分するか…というのは、なかなかに大事な問題だ。
「ふん…こういう時は、これに決まっているだろう」
軽く鼻で笑い、立ち上がる。
おもむろにデスクに歩み寄った長兄は、紙に何やらペンでさらさらと書付け、二つに折り目を付け、そこで紙を破り…
「ほれ」
「…そだね」
その一片を弟たちに差し出した。
…そこには、三本の線。
そう。
こういう時は、恨みっこなし…
あみだくじで決めるに限る。
長い間の付き合いで起こった多くの兄弟げんかもこれで収めてきた、彼ら納得の決定法である。
二角鬼と三角鬼、三本の線の端にそれぞれ自分の名前を書き、
「よーし、書いたな?じゃあ残りのは俺、っと」
最後にくじを作った一角鬼が自分の名前を書いて、
「じゃあ、兄ちゃん…結果を!」
「よし…!」
あらかじめちぎっておいた、結果の書かれた紙片をそこにくっつける…!


そして、三者三様、彼らの道が決まったのであった。


「うーん、このポスター…超かっこいいじゃん」
「すっごく雰囲気あるよね!」
試合当日。
横浜はJR関内(かんない)駅のホームに降り立った三兄弟は、駅の壁を彩るポスター群に目を奪われた。
やはりスタジアムの最寄り駅だけあって、ベイスターズの選手のポスターで埋め尽くされている。
練習や試合の一瞬を切り取った写真に添えられた短くも鮮烈なコピーが、目に飛び込んでくる。
ベイスターズカラー…鮮やかな青に染められたホームに、たくさんのファンたちが降り立っていく。
さらに、彼らが改札を通り抜けると、そこにも大きなサプライズ。
「わー!見てくれよ兄ちゃん!上!」
「おお…!」
歓喜の声を上げる三角鬼が指差す先、関内駅の入り口には…



大きな大きな、ベイスターズキャップ!
「何か…こういうの、いいな!」
「ああ!」
駅全体でホームチームを盛り上げていく空気に、ご機嫌の三人。
「えーっと、地図によると…本当にここからすぐ近くらしいな」
「まわりの人間ども、みんな青白のユニフォームだな」
次はスタジアムへの移動であるが、それはどうやら悩む必要がなさそうだ。
駅を出て右手方向、徒歩三分もしない間に…それは行く手に現れる。
大きな広い車道、交差点の向こう。
「おっ…」
「…!」
青い縁取りにぱっきりと、"YOKOHAMA STADIUM"の文字がきらめき。
白い巨大な建造物が、来る者を迎え入れる。
多くの人でにぎわう公園の中に、それは悠然と立つ…


「あれが…ヨコハマスタジアム、か」


横浜スタジアム…通称「ハマスタ」。
横浜公園という公園の敷地内にあるという、一風変わった球場である。
花壇や木々に囲まれたそのスタジアムは、今はセントラルリーグ所属・横浜DeNAベイスターズの本拠地である。
存外に待ち時間の長い赤信号が青に変わると、その瞬間に待ちわびたファンたちが早足で横断歩道を渡っていく。
一角鬼たちもそれに倣い、公園に吸い込まれていく…
門をくぐると、そこはたくさんの人、たくさんの出店で活気に満ちあふれていた。
「マリンスタジアムみたいに、周りに屋台がたくさんあるね!」
「ちょうどいい、まだ試合あるまでに時間はある…メシ喰ってくか」
「いっぱいあるな…何にする?」
行きかう客たちも、皆手にうまそうな何かをもって、楽しげに笑いながらそれを食べている…
見渡す光景の中に、いくつもいくつも屋台や出店が映り、彼らを惑わせる。
「!…おい、あれなんてどうだ?」
すると、次兄が何かを見つけたようだ。
示す先には、「青星寮カレー」と
その前で、エプロンを付けたかわいい女の子が客引きをしている。
「…カレー?」
「何か美味そうじゃん」
興味を引かれた三馬鹿兄弟、ふらふらとそちらに近づいていく…
と、それに気づいた女の子がくるり、と向きなおり、極上の笑顔を向けてくる。
「おいしいですよー!ハマスタ名物・青星寮カレーいかがですかー?」
「ふん、それがここの名物なのか?」
「はい!何せ、選手の皆さんが食べてるのと同じカレーですからね!」
「えっ、プロヤキュウ選手と?!」
驚きの声を上げる兄弟たち。
なんと、ヤキュウ選手たちが食べているものと同じものを味わえるとは…!
「そうですー、若いベイスターズの選手が入っている寮の、食堂のレシピで作ったカレーなんですよ!」
「へえ…選手とおそろいなんて、おもしろいねえ」
「よし、それじゃ…3つくれ」
「それにベイスターズ特製ビールもありますよ!」
と、さらに追撃とばかりに、売り子娘が追加のおすすめアイテムを推してくる。
それもまたこのハマスタ名物・球団オリジナル醸造ビールだ。
「あっ、それは1つで」
すかさず指一本で答える長兄。
もちろん、それは彼一人だけの分である。
何故ならば…
「…兄ちゃんばっかりずるくない?それ」
「どうせ、ここ人間どもの街だから、バレないのに…」
背後でむくれる弟たち。
そう、百鬼帝国の成人年齢は…18歳。
この間誕生日を迎え18歳となった一角鬼のみが、酒を飲む資格があるのだった。
確かに二角鬼の言うとおり、ここは帝国からはるか遠く離れた人間たちの街・ヨコハマだ…
しかし、見つからないからと言って、してはいけないことをしていいものか。いやいけない(反語)。
「やかましい、こういうことはきちんとせねば」
自分はしっかり酒を楽しめる長兄は、しれっとそう言ってのけたのだった。
まあ、何はともあれ…幾ばくかの人間界の通貨と引き換えに、彼らはプラコップに注がれたベイスターズエールと、三人分のカレーを入れた袋を手に入れた。
「まあいいや、喰おうぜー」
「あそこに座って喰おうか」
ここハマスタは公園の中にあるだけあって、そこら中が植え込みや花壇でいっぱいである。
三兄弟は周りの人間どもの真似をして、屋台街の端…植え込みの石段に腰かけてそれを食することにした。
ほんのりあったかい白いケースをぱかりと開くと、スパイシーな香りが湯気とともに立ち上る。
スプーンを突っ込み、一気にかっ喰らう。
「おいしいー!」
「うん、辛すぎずいい感じ!」
ちょうどいいくらいの辛味に、舌鼓を打つ。
青空の下で食べる青星寮カレー(さらに一角鬼にはベイスターズエール)は、何だか青春の味がした。



「うーんさわやか!…しかし、なかなかの商売上手だな」
「ねー、なんかオシャレだしねー」
「こういうので人気をゲットするんだな」
球団特製グルメで客を呼び寄せる手腕に納得しながら、カレーをむさぼり喰う三兄弟。
ビールのプラコップに印字されたマーク、パッケージに貼られたラベルなんかもちょっとレトロチックで、何となく洒落た感じがこなれている。
人間たちもいろいろ考えるもんだ…
そんなことを思いつつ、鬼たちは昼食を終えた…
とはいっても、もう一時半前。
試合は二時から始まるのだから、そろそろ球場の中に入っておきたいものだ。
周りの人間たちも、ぞろぞろとゲートに向かっている。
「よし、それじゃ…腹もふくれたし、時間も時間だし」
「入場しますか!」
「じゃあな!お互い、楽しもうぜ!」
「うん!」
「試合後にまた会おうぜ!」
互いに手を振りながら、三兄弟は皆、まったく違う場所へと向かう…
三人の姿はあっという間に人の波に飲まれ、見えなくなってしまった。


こうして、それぞれ横浜スタジアムに散り散りになった角面鬼三兄弟…
まず、次兄・二角鬼。
彼が陣取る場所は…
「…ううっ!この階段、急すぎだろ…?!」
息をぜいはあ言わせながら、また一段、一段と、急勾配な階段を上っていく。
この横浜スタジアムは歴史ある球場らしく、少々作りが古いようだ。
なので、上方にある座席に移動する際は、非常に急な階段を上っていかなければならないので、どなた様も足元にはご注意である。
彼の座席は、一塁側内野指定席B。かなり高い場所にある席だ。
「ここか…?」
だから、そこまで登ってしまえば、そこから見える風景は…
「…!」
思わず息を呑んでしまうほどに、壮大だ。
グラウンドを睥睨するのみならず、ヨコハマの街の風景がそこから見える…
「まあ、グラウンドは遠いけど…見晴らしいいじゃん!」
納得した二角鬼が席に腰を下ろしビジョンを見下ろせば、そこではちょうど今日の試合のスターティング(先発)メンバーが紹介されている。
ホームチーム・ベイスターズの選手がひとり紹介される度、ビジョンの右隣のエリア…ライトスタンドから、ベイスターズ応援団の歌声。
応援旗がはためくその人の波の中、そのうちに…人間は知る由もないが、鬼が一人、混じっているはずだ。
「…一角鬼兄ちゃんはあの辺かな?」





ちなみに長兄・一角鬼、彼は…
「…かーっとばせー!クーラモットーーー!」
まさにライトスタンド中央、ホーム外野指定席にて、多くのベイスターズファンに囲まれ声を張り上げていた。
周りのファンたちの放つ熱気が、白と青の波となってうねっている…
ヤキュウ観戦、まさかの連続での外野席。
しかしながら、前回の経験を踏まえ、今度は前もってベイスターズの応援歌を覚えてきたのである。
百鬼百人衆・一角鬼、身体はごついし脳筋気味ではあるが、過去から学べる男なのである。
そう、だから、彼は迷わずついていける…
スターティングメンバー発表後行われる応援歌の流れにも!
9番打者・クラモトトシヒコへのコールの後、太鼓が三回鳴らされると―


tan-tan-tan!

tan-tan-tan!
"Oi!"
tan-tan-tan!
"Oi!"
tan-tan-tan-tan!

"A-le-x Ra-mi-re-z!!"

彼らが呼ぶのは、ベイスターズ指揮官の名。
そして―

tan-tan-tan!
"Oi!"
tan-tan-tan!
"Oi!"

tan-tan-tan-tan-tan!

突然の転調、切なさとポップさが入り混じったメロディーに!

"Oi!Oi!OiOiOi!"

勇気という名の 白いボールを胸に
夢を追いかける どんな時も
横浜Baystars! 全てを賭けて 走り出せ
横浜Baystars! 時代の風を背に受けて
信じているよ 熱い気持ちで!
掴むのさ…Your winning ball!!

「そーれ!」


そして最後は…三・三・七拍子!
最初から最後までばっちりと人間たちの応援についていくことができた一角鬼、会心の笑みである。
練習の甲斐があったというものである…
やり遂げた感でいっぱいの彼の視線が、ふと遠くに跳ねる…
―グラウンドを縁取るスタンド、選手たちが駆ける戦場から最も近い場所にあるエリアへ。
そこは、この横浜スタジアムの中でも、かなり単価が高い席なのだ…
(三角鬼はあそこか…すっげえ席だな!)


そう、末弟・三角鬼がいるのが…
「うわあ…」
一塁側(BAY SIDE)エキサイティング・シート。
スタンドからグラウンド側にぴょっこりとはみ出した、最も選手たちに近い位置にある座席である。
しかも、三角鬼の持つチケットが示す座席は…その中でも、一番前。
目の前に、胸くらいの高さの壁。
だが、それだけだ。
その向こう側には…緑の光景。
人工芝が鮮やかに艶めき、そして茶色の内野がその中にある。
選手たちが疾走るグラウンド、彼らと同じ視点の中に…今、自分も、いる。
「…」
思わず、胸に手を当ててみた。
どくどく、どくどく、と…心臓が、早鐘を打つのが、手のひらから感じる。
心が沸き立たずにはいられない。
壁が隔てていようとも、自分は、今…ヤキュウ選手たちと、同じ地面に立っているのだ。
それに、シート自体もとても立派なものだった。
大きくて背もたれもしっかりしていて、ドリンクホルダーもあって。
これは気持ちよく観戦が楽しめそうだ。
その上…
(グローブと…ヘルメット?)
シートの上に、ビニールに包まれたグラブ、そしてヘルメットが置かれている。
壁に貼られた注意書きによれば、どうやらこのシートではこれらを身に着けていなくてはならないようだ。
やはりグラウンドに近いだけあって、ボールが飛んできたりなどの危険性も高いのだろう。
「…へへ」
おもむろに、三角鬼はビニール袋を破り。
グラブをはめ、ヘルメットをかぶってみる。
すると、自然に笑みがこぼれてきた。
「ねえ」
何だか、とっても不思議だ。
ヤキュウ選手たちとまったく同じ目線の世界に立てる、そんな席があるなんて思わなかった。
遠くに目をやれば、ベンチが見える…
向かいには、相手チーム・ヨミウリジャイアンツ。
「…ねえ、ちょっと!」
そして、自分たちの左側…そこには、白地に細い青縞の入ったユニフォームを着た大柄で屈強な男たち。
バットを手に素振りをしたり、キャッチボールをしていたり、ベンチで作戦を練っていたり…
ヨコハマDeNAベイスターズの選手たち!
圧倒的に近い距離、彼らの話し声さえかすかに聞こえてくる…
一体何を話しているんだろう?もっと耳をすませば、詳しく聞けるかな…?
三角鬼はついつい身を乗り出し、選手たちのほうに耳を傾けた…
「ねーってば!!」
「?!」
が、途端!
ぐわん、とばかりに、強烈に鳴り響いた。
三角鬼の鼓膜は、いきなりの大声でびりびりと震える。
突然のことに文字通り飛び上がる、
ぱっ、と、彼が大声のほうに振り向くと、そこには…!

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ZOZOマリンスタジアム編報告書/あとがき

ZOZOマリンスタジアム 偵察報告書
報告者 百鬼百人衆 一角鬼

所在地・チバ県チバ市ミハマ区

プロヤキュウチーム・千葉ロッテマリーンズの本拠地。
最大収容人数は30,082人。
海浜公園の中、それも海岸沿いにあるため、海上からの侵攻は非常に容易と思われる。
(陸路であれば、首都トウキョウより電車約40分で到着するカイヒンマクハリ駅、そこより100エンの連絡往復バスを利用すべき)
会場の周りには多くの屋台が並び、百鬼兵士たちの指揮を大きく上げることだろう。
しかしながら、補給の面で言うなれば、このZOZOマリンの「モツニ」を超えるものはない。
この地の名物らしく、複数個所にてモツニの販売が行われている。
安価で栄養豊富であり、またこの地の強烈な潮風に冷えた兵士たちの心身を暖めてくれる。

この地に集うヤキュウファン…マリーンズのファン(サポーターと称される)は特に錬度が高いらしく、
恐るべきまでに一糸乱れぬ応援をチームのために行っている。
(それ故、チームもまたファンを「26人目のチームメンバー」として、背番号26をファンに与えている)
彼らのチームへの強い熱情・忠誠心は、強力な改造百鬼兵士となりうる可能性を秘めているように思われる。

だが、現地の情報によると、スタジアムの立地がやや不便な場所にあるためか、
この球場が30000人で満員になると言う機会はなかなか少ないらしい。
ここは功を焦らず、マリーンズの更なる飛躍・それに伴うマリーンズサポーター人数の更なる増強を待ち、
それから洗脳作戦などを行っていくほうが得策であるように思われる。

以上











(*^○^)<あとがき
やきう場探訪、第一弾…千葉ロッテマリーンズの本拠地・ZOZOマリンスタジアム編、如何でしたか?
2015年からやきうを見始めた私ですが、ZOZOマリンは今まで3回行きました(2017年現在)
ZOZOマリンはやっぱりちょっと遠いので、この近くのホテルに泊まるのが一番いいですわwwwwwwwwww
高級ホテルが多いのですが、そこは必要経費ということで…
今回の話はマリン初観戦時の2016年がベースになっているので、マリーンズ応援の最初が「試合開始のテーマ」ではじまっています
今は「星に願いを」かな(*˘◯˘*)?
風がビュンビュン強くて、潮風を感じられる球場…
場外グルメ、屋台のお食事がいろいろあって美味いっす(*^○^*)!!
マリーンズが勝つと、ファンと選手が一緒にやる"WE ARE"という儀式があるのですが、それはまたオールスター編が書けたら是非入れたいです!

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百鬼百人衆角面鬼兄弟、やきう場に推参す。ZOZOマリンスタジアム編3

試合は進む、どんどん進む。
3回の表、ビジターチーム・ソフトバンクホークスが2アウト2塁より、キャプテン・ウチカワの長打で得点を先取。
そのまま試合は、4回まで到達した。
…と、その時。
明るいスタジアムDJの声が、軽快な音楽が、スピーカーから降ってきた。
「さあ、今日も始まりますパッションオブザファン!
素敵なパッションを見せてくれた人一名に、素敵なプレゼントが当たりますよぉ~!」
どうやら、観客を飽きさせないため、イベントのようなものがあるらしい…
一体どんなイベントなのかと、二人が周りを見回していると…
「!」
「あっ、かわいい…!」




場内をさまよう視界、二角鬼の視界が…ぴたり、と静止する。
視力4.0を誇る鬼の瞳が、まっすぐに射たのは何か。
それは…チームのいるベンチ、その真上の屋根部分。
そこで一心不乱に踊る美女たちの姿!
キュートな衣装、ひるがえるスカート、そして輝く笑顔…
マリーンズのチアリーダー・M☆Splashだ!
はじけるスマイル、周りの客たちを魅了する。
健康的な肢体をしなやかに弾ませながら、彼女たちは踊る。
そして…彼女たちだけではない、鳴り渡る音楽に乗って一緒に踊っているのは…
「え、え、何?お客さん?」
スタジアムの様々な場面を、ビジョンは映す。
元気よく、ニコニコと笑いながら、踊りまくっているユニフォーム姿のファン達…
時には仮装をした者すら映り、観客たちを喜ばせる。
何だか、それは見ているだけでこちらも笑顔になってしまうほど、楽しげで。
「面白そう!やろうよ、兄ちゃん!」
「…。」
「兄ちゃんったら!」
「…。」
三角鬼、一生懸命呼びかけるも…次兄は全く動かない。
遠く見えるチアリーダーの姿に、まさに釘付けである。
双眼鏡を持ってくればよかった、次から絶対持ってこよう…
今、二角鬼は、そう心に誓っていた。


一方、その頃。
「はぁ、はぁ…」
「大丈夫です?」
「だ、大丈夫だ…」
心配する黒縁メガネに片手をあげ、平気だとアピールして見せる…ものの。
イニングの合間、一角鬼はすでに肩で息をしていた。
これほどまでとは思わなかった…
野球の応援が、ここまで体力を消耗するものだとは。
何しろ、自軍の攻撃中は、外野席は立ちっぱなし。
そして、応援団なる者たちの指示に合わせ、選手を後押しするための声出しを行う。
特にこのマリーンズはファンの応援が熱いことで知られているらしく…
全員、声をからさんばかりの大声で、選手の名を呼び、彼らのための歌を歌うのだ。
その音量は、最早ただの声ではない…
すでに、一種の「圧」として、グラウンドに向けて吹きすさぶ。
時折、守備側のホークス外野手がこちらを顧みるのも、そのすさまじい「圧」を背で感じているからだろう。
隣の黒縁メガネの動きや声出しを見よう見まねでまねし、もらった歌詞カードを使いながら歌い…と、何とかかんとかついていけている(と、思う)が…
百鬼帝国百人衆、エリート集団の一員たる一角鬼、体力には自信があった。
しかしながら、歌い続け、叫び続け、飛び跳ね続け…
さすがの彼も、マリーンズファン(「サポーター」と呼ぶらしい)の応援の熱さに、すっかり度肝を抜かれてしまった。
と、披露した一角鬼を見かねたのか、黒縁メガネが言った。
「よかったらちょっと休憩しません?もつ煮おごりますから」
「…モツニ?」
その聞きなれない言葉を、オウム返しする一角鬼。
「マリンの外野に来たなら、やっぱこれですよ!」
「…もつ、に??」
「そうそう!」
二たび、その言葉を口内で転がしてみる。
メガネに連れられ、コンコースに再び出てきた一角鬼。
彼に勧められ、「モツニ」なる謎の食物を試すこととした。
手の上でほかほか、とあたたかさを放っている容器いっぱいに盛られたその具沢山のスープは、潮風に吹かれてふわふわと湯気を飛ばす。
どうやらそれは日本の調味料・ミソで煮られているようだ。




(ふむ…肉の切れ端?弾力があるな、臓物を煮たものか?)
恐る恐るそれをハシでつまみ、口に入れてみる…
刹那。
「…!」
ぱっ、と、一角鬼の表情が変わり。
次の瞬間、ZOZOマリンの外野コンコースに、シンプルな驚きと喜びの声が響くのだった。




「うまーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」




試合は進む、どんどん進む。
あっという間に中盤を通り越し、もう7回の表。
ホークスのファンが球団の歌?らしきものを歌ってから、攻撃が始まった。
通路をせわしなく行きかうファンたち、そして…大荷物を運びながら声を上げる売り子たち。
たいていはビールの樽を背負って飲んだくれたちに酒を供給する者たちだが、そうではないものを売り歩く者もいるらしく…
そのうちの一人が上げた声が、兄弟の耳に飛び込んだ
「ジェット風船いかぁーっすかあーっ!ジェット風船どーですかぁーーー!」
その言葉、こんな平和な球場で聞くはずもない単語。
野球の試合に陶酔しきっていた二角鬼と三角鬼の表情が、鞭うたれたように強張った。
「?!」
「ジェット?!」
ジェット…
強力なエンジンで空を割く航空機。
敵地爆撃にも使用される空戦機が、まさか、このようなエンターテイメントの場所で販売されているとは…?!
「こ、こんな場所でジェット…?!」
「人間どもの科学力…どうやら、俺たちはなめすぎていたようだな、三角鬼」
ごくり、と、息を呑む。
愚鈍と侮っていた人間ども…しかし、それもまた、鬼である自分たちの侮りであったか。
が…
もちろん、野球場でそんなものが売られるはずもない。
緊迫した二人、その二つ隣の青年が手を挙げ、そのジェットの販売者に声をかけた。
「くださーい」
「はい、200円です!」
そして、何やら小銭らしきものを乗せた手を伸ばし、売り子が渡す何かと交換している。
「…?!」
…手のひら大の大きさ、ビニール袋に包まれた、四角い何か。
これが、「ジェット」…?
あんなに小さいものが?一体これは…?
頭の中が「?」だらけになった鬼の兄弟、目をぱちくりさせている。
「あ、あの!」
「…?」
「…これって、何ですか?」
思い切った三角鬼、その青年に呼びかけた。
いきなり問いかけられたその若者は、一瞬困った顔をしたものの、すぐに笑顔になって答えてくれる。
「ああ、これは7回裏の攻撃前、みんなでふくらませて飛ばすんですよ!」
そう言いながら、手に持ったビニール袋の包装を開け、中から何やら取り出して見せてくれた…
ひょろり、と細長い、ゴム風船。
どうやら、野球ではこの風船をジェットと称するらしい…
空を飛ばすからジェットらしい、なるほど。
納得した次兄、自分たちもそれに倣うこととした。
青年と同様に、ジェットの販売者を呼び寄せる。
「ひとつくれ」
「ありがとうございまーす!200円です!」
銀色の硬貨二枚と交換だ。
「ウイングバルーン」と書かれた台紙につけられたジェット風船は、4本もあった。
「ほれ、半分」
「ありがと」
2本ずつ分けたその風船は、先端に吹き込み口?らしきものがある。
「7回裏?の時に、飛ばす…んだっけ」
「なんだ、それじゃもうそろそろか?」
そう、気が付けば、7回の表もツーアウト。
はっ、となって周りを見回してみれば…結構な人数のマリーンズファンが、ジェット風船に息を入れ始めている。
しかし、大きく細長く膨らまされた風船、それらを皆手でホールドしているようだ。
吹き出し口を手で押さえたり、根元を空気が漏れないようにつまんだり…
二つ隣の若者も、すでに膨らませた風船をしっかりと握り、準備万端の模様。
やはり、7回裏になったら、「みんな」で飛ばすことになっているらしい。
勝手に飛ばすフライングはご法度だ。
「じゃあ、俺たちもやるか!」
すうっ、と大きく息を吸い込み…一気に風船に息を吹き込む二角鬼、体力自慢だけあって肺活量は抜群だ。
あっという間に二本ともパーフェクト、セッティング終了だ。
「…うぅ」
一方、兄同様一気に膨らまそうとした三角鬼、思わず酸欠でくらついてしまう。
「大丈夫か?俺がやってやろうか?」
「う、ううん、大丈夫」
それでも何とか2本とも膨らませ、たぶんあるだろう合図を待つ…
スリーアウト・チェンジ。
マリーンズの選手たちが、一斉に自軍ベンチに帰っていく。
ビジョンに映る、"Lucky 7"の文字。
やがて…スピーカーから、さわやかなメロディーが流れだす。
チアリーダー、M☆Splashのメンバーたちも、手に手に金色のポンポンを持って、グラウンドに駆けていく。
彼女たちを追いかけて、大きなカモメのぬいぐるみも…名を「マーくん」と言うのだが、鬼の兄弟たちはそれを知る由もなく…ぽてぽてとした足取りで現れる。
その歌は、もちろん彼らにとって初めて聞く曲だった。
けれど、周りの観客がそうするように、一緒に膨らませたジェット風船を、曲に合わせて大きく天に突き上げる。
観客席で、真っ白いジェット風船が、一緒に踊っている。
チームの勝利を、マリーンズの勝利を、共に願って…
「…!」
そうだ、たったの2点差だ。
追いつける。追いつくんだ!





We Love Love Love, Love Marines
We Love Love Love, Love Marines
王者はおごらず 勝ち進む
千葉ロッテマリーンズ!


うたう。人はうたう。思いを込めてうたう。
それは祈り。それは願い。それは聖歌。


人々の手から、ジェット風船が飛んでいく。
放たれた風船は、甲高い音を鳴らし、空に舞う。
兄弟たちも慌てて風船を手放した。
「わあ…!」
スタジアムの上空に、真っ白なジェットが飛び乱れる。
無数の軌跡を描きながら…
思わず出た感嘆の声。
一瞬現れた幻想的な光景に、鬼たちは目を奪われた―





Tan-tan-ta-ta-tan!
「おーおーおーおー、ろって!」
Tan-tan-ta-ta-tan!
「おーおーおーおー、ろって!」
Tan-tan-ta-ta-tan!
「おーおーおーおーおーおー!」
La-Lalala-lalala-lalala-!
La-La-la-lalala-la-la-la-lalalala-!

「ちーば、ろって!」
La-Lalala-lalala-lalala-!
La-La-la-lalala-la-la-la-lalalala-!

「ちーば、ろって!」

Wow-ow-ow!!
「うぉーおーおー!」
Wow-ow-ow-ow-ow-ow-ow-ow--wowow!

Wow-ow-ow!!
「うぉーおーおー!」
Wow-ow-ow-ow-ow-ow-ow-ow--wowow!
「ちーば、ろって!」

あっという間に駆け巡る、相手投手の速球を鋭く打ち返したスズキダイチ選手がダイヤモンドを駆け巡る。
彼の足が確実に二塁を…一般的に点が入るチャンスが増大する「得点圏」(スコアリングポジション)と呼ばれる…捕えこむ。
外野席に鳴り響くヒットテーマ1、マリーンズ反撃の狼煙。
もうメロディーも覚えた一角鬼も、黒縁メガネとともに声を上げる。
マリンスタジアム・ウグイス嬢タニホ女史の美声で、代打がコールされる。
ビジョンに映し出される選手の表示と絡まりあって、スタンドのファンを熱狂させる―


『…に代わりまして、…フクウラーー!背番号・9ーー!』


どうやら、彼はマリーンズにとって最高峰の選手の一人らしい。
福浦タオルを、彼を応援するパネルを掲げだす者たちも現れる―
―と。
応援団に、動きが現れる。
「行くぞー!」
彼らの呼びかけに、外野席のサポーターたちが一斉に身構える。
奏でるメロディーが…変わった。
「!」
それは、はじめて聞くメロディーだった。
スネアドラムが刻む。細かい手拍子を、全員が打つ。
そして…彼らは、飛ぶ。
その全身で、スタンド全てを揺るがす!





Lala-lala-la-la-la-la----!
Lala-lala-la-la-la-la----!
『さあ男ならば その魂ぶつけろ!』



サポーターが歌うその歌詞は、だが、フクウラ選手の歌とは違うようだ…?!
必死に歌詞カードのフクウラ選手の欄に何度も目を走らせるものの、そのラインは何処にもない…
「これは…ど、何処だ?フクウラ選手のところに、この歌詞ないぞ?」
「チャンステーマですよ」
「ちゃんすてーま??」
困惑する一角鬼に、黒縁メガネは説明する。
「こっちに点が入りそうな絶好のチャンスの時、選手を励ます歌です!これこれ」
「そうか…ここでフクウラ選手が打てば、こっちに点が入る『たいむりー』という奴だな!」
「そうです!」
つまりは、今は大チャンスの時。
サポーターたちも全力でそれを後押しするのだ。
声は、ただの音ではない。
それは、力そのものだ。
マリーンズナインを立ち上がらせる、彼らの心を鋼に変える力そのものだ…!
幾たびも繰り返されるメロディー。
やがて、一角鬼の脳内にもそれが焼き付く。


うたう。人はうたう。思いを込めてうたう。
それは祈り。それは願い。それは聖歌。


強大な音が、振動が、うねりとなって、一挙にグラウンドになだれ込む。
敵チームナインの心を圧迫し、マリーンズナインの心を震わせる。
サポーターの声はもはやガイヤだけではなく、ナイヤからも鳴り渡る。
叫ぶ―
叫ぶ―
全身で叫ぶ―
無数の人間たちが、一様に。
その中に紛れ込んだ異物、鬼の兄弟も、叫んでいた。
一角鬼も、二角鬼も、三角鬼も。
全力で、全開で、フクウラ選手の為に―!


『さあ男ならば その魂ぶつけろ!』


ピッチャーが、その圧力を打ち払うように、一回頭を強く振り。
構えて、ボールを握り直し、振りかぶる。
放つ。白き硬球が弾丸となって、キャッチャーミット目掛けて流星となる。



そして―
きぃいんっ、という甲高い音とともに、フクウラ選手のバットが流星を左翼深くまで跳ね返していった―




「残念でしたね…でも、よかったらまた外野に来てくださいよ」
「おう!あんたのおかげで、すげえ楽しかったぜ!」
試合終了後。
半日を共に過ごした戦友、眼鏡のに、一角鬼は笑った。
あの後マリーンズはフクウラ選手のタイムリーで1点を返したものの、惜しい当たりが連発。
残念ながら、そのまま1点差で逃げ切られてしまった…
しかしながら、初のプロ野球観戦…
大いに楽しめた試合だった。
しかも初観戦にして外野席というなかなかにチャレンジングな場所であったが…マリーンズを熱く応援するという経験ができたのも、ひとえにこの気のいい黒縁メガネのおかげである。
「よかった!次こそ勝ちましょうね!」
「ああ!もうヒットテーマも覚えたから、完璧だぜ!」
お互いに健闘を称えあい、連絡先を交換する。
念のため、人間界偵察に出る前に取っておいた情報収集用偽装電子メールアドレスが役に立った…
「スギウラ」と名乗った黒縁メガネと笑顔で握手、必ずこのZOZOマリンスタジアムでまた会おうと約束して、一角鬼は外野席を後にした。
人間界に侵略したら、ぜひこの男を自分の配下に取り立てよう…
そんなことを、ぼんやり考えながら。


試合が終了し、ばらばらとファンが帰途につく。
「おーい、二角鬼、三角鬼ー!」
スタジアムを出た一角鬼、テレパシーで(鬼なので人間どもが持ちえないような特殊能力を持っているのも当たり前である)分かれて観戦していた弟たちに呼びかける。
「兄ちゃん、どうだった…ああっ!」
果たせるかな、テレパシーを察知したすぐに弟たちは現れた。
彼らも野球の試合を満喫したらしく、満面の笑顔…
だが、一角鬼の姿を見た途端、それが驚きと怒りに変わる。
「何それ、兄ちゃんだけずるいぞ!」
「仕方ないだろう、『外野席』だとこれがあったほうがよさそうだったからな」
いつの間にか自分だけユニフォームやタオルを買っていた一角鬼、弟たちに責められる。
偽装のために必要だった、と言い訳するも、その表情がゆるゆるなので、説得力がない。
案の定、自分たちも欲しいとぶーたれる二角鬼と三角鬼。
「俺も欲しい!」
「僕もー!」
「ようし!じゃあ、潜水艇に戻る前に…買っていくか!」
駄々をこねる弟たちに、一角鬼はにかっ、と笑って見せ。
親指で、遠くに輝くマリーンズストアを指して見せる…
まだまだ興奮冷めやらぬファンが今日の土産を求めて賑わうショップに、彼らは足を向ける。
彼らもまた、その群れに加わる。
今日という、あまりに素晴らしい初観戦試合の記念を探して…



潮風が吹く。無数に立ち並ぶ、のぼりが風にあおらればさばさとはためく。
そののぼりの中、バットを持ち雄々しく立つフクウラ選手が、彼ら三兄弟を静かに見送っていた―


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百鬼百人衆角面鬼兄弟、やきう場に推参す。ZOZOマリンスタジアム編2

「試合がいよいよ始まるね、兄ちゃん!」
「ああ、楽しみだ!」
さて、何とか自席についた二角鬼と三角鬼。
先ほど売店で買ってきた弁当とジュースを手に、準備万端である。
(余談ではあるが、その際に長蛇の大行列に並んだことにとても二人は驚かされた。
どうやら、スタジアムでは食料を手に入れるのも一苦労らしい)
…と。
何やら、自分の頭に手をやって、髪をくしゃくしゃとやっている。
ピン、と来た次兄。それは自分の髪型が気になっているのではない。
「!…何だよ、まだ気になるのか?」
「う、うん」
不安げな顔でうなずく三角鬼。
彼が一体何を気にしているのか、というと…
「大丈夫だって、俺たちの人間擬態は完璧よ…」
ふん、と、鼻息とともに、末弟の心配を笑い飛ばす。
「擬態」…そう、彼らの正体は、その頭に尖った角を持つ亜人、「鬼」。
ヒトにはあるはずもないその角を見破られはしないかと、弟は心配しているのだ。
だが、百鬼帝国のエリート集団・百鬼百人衆たる彼らにとっては、角を完全に隠すことなど容易いこと…
そして、角さえ見えなければ、鬼と人間を見極める術など、ない。
しかしながら、弟はそれがわかっていながら不安を抑えきれないのか、ついつい頭に手をやってしまう。
「不安なら帽子でもかぶってるか?買いに行ってもいいぜ」
「ううん、いいや…」
次兄の誘いに、末弟は力なく首を振る。
それは何故か、というと…
ちらっ、と、兄が座っている側とは反対側の席を見やり、小声で。
「だって、もうここ…あんまり出たくない、っていうか」
「…普通に出にくいよな」
二角鬼も首肯する。
今回の彼らの席は三塁側内野席、そこまで悪い席ではない。
だが、それは…ずらっ、と並んだシートの列、そのちょうど真ん中あたりの二席だったのだ。
最初のうちはあまり客がいなかったが、すぐに隣、その隣…と、どんどん人間たちが席についてくる。
これでは、外に出ようと思う度、その人間たちの間を進んでいかねばならず、ちょっと気が向かない。
先に買い物をしていて正解だった、と、思う次兄。
二人は知らないことだが、こういうことがあるので、観客席はまず圧倒的に「列の端・通路側」から埋まっていくのだった。
何しろお手洗いにも行きやすいし、列真ん中のお客さんが外に出ようとするたび、身体を縮めたり立ったりひねったりしなくてもよいのである。
まあ、何はともあれ、座席には着いた。
そしてもうすぐ試合開始…らしい。
軽快な音楽に載せて、スタジアムDJの声がスピーカーを震わせる。
「ライト!カクナカ・カツヤァ!」
と、見下ろすグラウンドその一翼、一塁側のベンチから、白いピンストライプのユニフォームも鮮やかな選手が自分の守備位置へと走り出す!
さんざめく拍手の雨が、一斉にスタジアム中から降り注ぐ。
「!」
「なるほど、拍手で迎えるんだな」
二人も周りの人間どもにならい、拍手で選手たちの出陣を見送った。
拍手をする者だけではなく、両腕を誇らしげにぴん、と伸ばして、何かを掲げている者たちも多く見られた。
「兄ちゃん、名前の書いたタオルを拡げてる人がいっぱいいるね」
「ああやって応援するのか…俺も欲しいな」
それらはどうやら、選手たちの名前が書かれた…フェイスタオルのようなものらしい。
グラウンドを駆ける戦士たちに、ここにお前のファンがいる、と。
ここからお前を見守っている、と、掲げるタオルで叫ぶのだ。
後攻のホームチーム・このZOZOマリンスタジアムの主である千葉ロッテマリーンズのナインたちが、次々と緑鮮やかなフィールドに散っていく。
最後の一人・ピッチャーのワクイヒデアキがマウンドにつき、数回の投球練習を終えると…球審が腕を高く上げ、プレイボールが宣言される。
いよいよ、試合が始まるのだ!




20XX年5月28日(土) ZOZOマリンスタジアム
福岡ソフトバンクホークス vs. 千葉ロッテマリーンズ





「うーん、やっぱりすごいね、兄ちゃん!」
「そうだな!何か、映像で見るのと全然違うぞ!」
1回の表、ホークス側の攻撃は三者凡退。
しかしながら、実際に自分の目で見るプロの技術はすごかった…
あっという間にキャッチャーミットに吸い込まれていくボール。
それを打ち返す打者、しかしすかさず白球の落下点を計算し、それを軽々とキャッチして見せる内野手…
映像という小さく切り取られた世界では見られない臨場感、それがそこにあった。
興奮に顔をやや紅潮させながら、きゃっきゃと笑いあう鬼の兄弟。
…さあ。
そしてこれからが裏のイニング、このZOZOマリンスタジアムのホームチーム・千葉ロッテマリーンズの攻撃である…


―と。
その時。
歌が聞こえた。
鼓膜を、心を、魂を揺さぶる、歌が聞こえた―



彼らは思わず、その視線をライトスタンドに飛ばした。
「…!」
それは、荘厳な歌声だった。
右翼外野席のマリーンズファンたちが、歌っている。
その歌声は球場の空気を震わせ、広がり、ざわめくそのムードを別の色へと塗り替えていく。
「すごいね、兄ちゃん」
「ああ」
「すごいね…!」
「…!」
二人の口から思わず出たのは、ただただ感嘆の声。
人間の、夢にまで見たプロヤキュウの試合。
鬼の彼らは知らなかった世界が、だからこそ今目にするこの光景が、何よりも威風堂々として映る―





Ooh oh oh oh oh oh, Wow oh oh oh oh oh oh
Ooh oh oh oh oh oh, Wow oh oh oh oh oh oh



(な…何だ?!これは…)


ナインの為に 我らは歌う!
今日の勝利は マリーンズのもの!



(全員が立って歌いながら…タオルを振り回している?!)


包まれていた。その場を支配する、圧倒的な空気感に。
ユニフォームを買い、外野席ライトスタンドに戻ってきた一角鬼…
だが、先ほどまでと一変してしまった空間に、彼はただ、立ち尽くすしかない。

(何だこの儀式は…『巨人の星』には、こんなこと書いてなかったぞ!)
男も、女も、少年も、老人も。
白にピンストライプのユニフォームを着た彼らは、皆一様にタオルを手にし、それをぐるぐると回しながら…歌っている。
心臓の鼓動を早めるようなスネアドラムの連打が、彼らをより一層に駆り立てる。
「…」
リズムが、変わる。
それをあらかじめ知っていたかのように、ファンたちの歌声は静かにやみ、空を舞っていたタオルが静かに降りていく。
その統率の取れた、まるで訓練された軍隊のような動きに、一角鬼は目を見張るしかなかった。
「どうしたんです?」
「!」
―と。
完全に威圧され、ぼーっと通路に立ち尽くしていた一角鬼に、かけられる声。
見ると、白いユニフォーム姿、黒縁メガネの男が、こちらをやや困った表情で見返している。
「あ、もしかしてこの席ですか?すいません、荷物今よけますんで…」
「あ、ああ」
通路端の席にいたそのひょろっと細長い男は、軽く頭を下げながら、隣のシートに置いていたリュックを抱え上げた。
…確かに自分の持っているチケットを見ると、そのすぐ隣の席が自分の場所のようだ。
ぺこぺこしながら荷物を避ける男に目礼して、自席につく。
「…す、少し聞いてもいいか?」
「はい、何か?」
「先ほどの、皆がやっていたのは、一体…」
「!…お兄さん、もしかして、外野はじめて?」
一角鬼の問いかけに、メガネが一瞬きょとん、とした顔になる。
この席を選んできたものなら、まず当然しないような質問だったからだ。
「は、初めてというか…ヤキュウをこうやって見に来ること自体が」
「そうなんですか~!それじゃあ、いきなり外野だとびっくりしましたよね」
「?」
眉をひそめる鬼に…とはいっても、今は頭のその角を隠しているので、ただの人間の男にしか見えないのだが…メガネはそう言って軽く微笑んで。
遠くで楽器を演奏している軍団を指さしつつ、説明を加えてやる。
「野球で『外野席』っていったら、ほら…あそこにいる応援団の人たちと一緒に、
みんなで立って応援歌を歌ったり、選手の名前を呼んだりしてチームを励ます席なんですよ」
「そうなのか?!」
「…で、『内野席』は、どっちかっていうとゆっくり野球を見たい人向け」
「…」
どうやら、ヤキュウの座席は、何処でも同じというわけではないらしい。
試合をどう楽しみたいかという点で、ナイヤとガイヤを使い分けるもののようだ…
「あの、もしよかったらこれどうぞ。僕、だいたい覚えちゃったんで」
「!…これは?」
「選手の応援歌とチャンステーマの歌詞カードです」
メガネがリュックから何やら取り出してきたのは、小さく折りたたまれた紙だった。
使い込まれているために端がよれたり折れたりしている紙、それを拡げてみると…小さな小さな文字で書かれた歌詞が、左上から右下までびっちり、とその空白を埋めていた。
その数、ちらり、と流し見しただけでも、30は超えている。
(こ…これを暗記、だと?!)
メガネはこれをすでに暗記した、と言った。
おそらく、このライトスタンドにいる者たち、その相当数が同じなのだろう…
先ほどのあまりに統制された動き、そこにはファンたちの努力が隠れているのだ。
「今度はこっちが攻撃ですからね…一生懸命応援して、何とか点とってもらわないと!」
「…」
熱を込めて言うメガネに、まだ状況を飲み込み切れていない長兄、うまく言葉を返せず。
それを、初観戦の(しかもZOZOマリンの外野席!)緊張のためと思ったのか、メガネは笑って手を振りながら言う。
「大丈夫ですよ、とりあえず周りの真似してみてください」
「あ、ああ」
メガネに励まされ、小さくうなずく一角鬼。
そうだ、何を憶するものか。
せっかくきたんじゃないか、夢に見た…人間の、ヤキュウ場。
楽しまなければ、損じゃないか!
そうと決まれば思い切りやってやろうじゃないか、この場にふさわしい行動ってやつを!
隣のメガネも、何やら親切そうだし…


一角鬼がそう心を決めた、刹那。
空を貫いた。男の絶叫が。


MARINES!!
『FIGHTIN'!!』


「?!」
そして、それに続く…自分の周りにいる人間、全員の呼応!
鋭い雄叫びに、一角鬼の心臓が跳ね上がる。
思わず視線を隣のメガネに弾き飛ばせば…その先にも、彼は驚くべきものを見る。
先ほどまでへらへら笑っていた、何だか気の弱そうな、人のよさそうな男…
その表情が、瞬きの間に様変わりしていた。
応援団のシャウトに答え、鬼気迫る顔で、彼もまた叫んでいる…
その顔つきは険しく、最早戦場の突撃兵のごとく。


MARINES!!
『FIGHTIN'!!』



続く手拍子!
ライトスタンドに立つ全員が、グラウンドを見据え、声を合わせ吼える。


L・O・T・T・E! Wow-oh-oh-oh LOTTE!
L・O・T・T・E! Wow-oh-oh-oh LOTTE!



野獣の唸り声のごとき音の洪水に包まれ、人間に偽装した男は…押しつぶされていた。
一角鬼の頬を、つうっ、とつたっていくのは、冷や汗。
自分が経験してきた百鬼帝国軍での地獄の訓練…そこですら、ここまでの気迫を感じることはなかった。
これが人間たちなのか、あの無力で惰弱な?
いや、そんなものはとんでもない思い違いだったのだ、我ら鬼の傲慢な計算違いだ。
嗚呼、だって、見ろよ…この連中を。
その眼はどいつもこいつも、ぎらついている。
チームの勝利を呼び込むべく、ナインに気力を送るべく…!




(な、何だこいつら…一体…!)



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恐竜王女の御幸(ミユキ) 運命は彼女を選択した

恐竜王女の御幸(ミユキ) 運命は彼女を選択した

人間たちがこの世の春を謳歌している、地上。
その遥か下。下。下の下の下。
灼熱のマグマが広がる地層に、とてつもなく巨大な街…いや、国がある。
ヒトならぬ、だが二足で歩行し、高い知能を持ち、秩序と社会を持つイキモノが生きるその国…
ハ虫類から進化した彼ら、ハ虫人たちの国…恐竜帝国。
まだ人間がネズミの親戚であったころ、彼らこそが地上を我が物顔に歩き回っていた時代があった。
それこそ、高度に発達した文明を持ち、自然と調和し…
しかしながら、彼らの歴史は突然、闇一色に塗りつぶされる。
怨嗟と悪夢、憎悪と混沌が、彼らのきらめく未来を塗りつぶす。
それはかつて、ただの地を這う蜥蜴だった自分たちを、知性あるイキモノへと変えた…
「知恵」を与えたはずのモノ、だった。
目に見えぬ邪悪が、天空に荒れ狂い。
音も鳴らぬ悪辣が、人々を傷つけ殺し。
ハ虫人たちは苦悩し、苦悶し、苦難の果てに…地上の楽園を捨てた。
持てる限りの技術力を駆使し、地下の世界へと逃げ去った。
眩しいばかりの太陽の光は、もう見ることができない。
陽光に照らされる地上は、最早あの邪悪なる女神の世界―


ハ虫人たちは、この屈辱の歴史を、「神話」の形で子孫たちに伝えた。
自分たちを地獄に叩き落した女神を、その神話の中でこう呼んで―



「滅びの風(El-「風」raine-「滅び」)」



だが。
ハ虫人たちの願いは、変わらなかった。
地上への憧れは、代を経て、また代を経て、強くなっていく。
あの世界へ。
太陽のきらめく、あの世界へ。
そう、いつか、今度こそ、あの邪悪なる女神の呪いを克服して―!



「…それは誠、なのか」
恐竜帝国・帝王の間。
報告を受けた帝王ゴールの表情は、硬く硬く強張っていた。
大司祭から受けた言葉が、あまりに唐突すぎ、そしてあまりに…残酷すぎたため。
「…はい」
老いた大司祭は、帝王の威厳の前にひれ伏しながら。
それでも、己が受けた神々からの言葉を伝える。
その衝撃的な言葉に色めきだったのは、帝王に使える重臣たちだ。
帝国軍大将バット将軍、科学技術庁長官ガレリイ長官…
普段は反目しあい足を引っ張りあう、まさに犬猿の仲たるその二人も、同じことを老婆に怒鳴っていた。
そう、それほどまでに、彼女の言葉は許されざる、まさに不敬なる言葉。
「何と言うことを!お主、自分が言っていることがわかっておるのか?!」
「『賢(さか)き尖兵』として、あの…ゴーラ王女様を送るべき、だと?!」
恐竜帝国の命運をかけた地上侵攻作戦、その第一歩。
その状況を探るべく放たれるべき、恐れを知らぬ勇者。
魑魅魍魎の跋扈するだろう、人間どものあふれる地上に送るべき人物。
それが、何故…
「馬鹿げておる、危険すぎるわ!何故、王女様でなくてはならんのじゃ!」
「それを問われたとて、このおいぼれに何がわかろうか!」
しかし、大司祭とて、罵倒されたとしてもそう言い返すことしかできない。
彼女は帝王の命どおりに神々に祈り、そして得た答えを伝える。
たとえ、神々が下された答えが、どんなに非道なものであったとしても。
「…ただ、宣託が。そう告げたのじゃ…それを、ワシはそのままお伝えしておるのみ」


彼女が帝王ゴールから受けた命。
旧き神々に祈り、託宣を得よ、と。
永い眠りの後、再び訪れた活動期…
ハ虫人の長年の悲願たる地上制圧、それを正しく成し遂げるために、まずは地上の状況を知らねばならない。
そのために送り込むべき、勇敢なる「賢き尖兵」…
それに選ばれるべきは誰なりや?
旧き神々は誰をお示しになるのか?


「やりなおせ!そんなもの、何かの間違いに決まっておる!」
「言われずとも!」
バット将軍の指弾に、きっ、と老婆は睨み返し、怒鳴り返す。
「言われずとも!ワシは…何度も祈り、神々に答えを乞うた!」
何日も、何日も。
同じ問いを偉大なる神々に繰り返す、という愚行を犯してすら。
だが、彼女がそうせざるを得ない、それほどまでに神々の答えは残酷だった。
「だが、同じじゃ…幾たび繰り返そうと!神々の示す答えは、ゴーラ王女様を指す!」
なじられる老婆は、目を怒りに爛々と燃え上がらせながら、それでも言を変えない。
彼女自身が出した答えではない。
そう、これは、旧き神々が与えた答えなのだ、と。
「この答えが意に添わぬなら、今すぐワシを斬り殺し、別の者に占わせればよかろう。
この婆が偽りを申しておる、そう思うのなら!」
老婆は曲がった腰を、それでもしゃん、と伸ばそうとしながら、はっきりと言い放つ。
その顔には、自負。
この祭政一致の国家たる恐竜帝国において、長きにわたり神々の言葉を承る司祭として生きてきた、という自負。
―すなわち。
神託に間違いはない、という自信。
たとえ神々が命じる内容が、どんなに酷薄なものであろうとも―


「…」
「…」



「だ、だが…ゴーラ王女様は、帝王ゴール様の長女であらせられる…王位継承権を持つ方を、そんな役目になど」
バット将軍の喉から、かすれ声が反論を絞り出す。
何より帝王の子は、次代を担うべき存在。
帝王を継ぐべき存在が、もし地上で果ててしまったら…?
「…王位継承権で言えば…『第二位』、でいらっしゃる」
「!…貴様、」
が。
ガレリイ長官がぽつり、と漏らした一言に、バット将軍の表情が変わった。
しかし、帝王の御前…バットとて根っからの阿呆ではない、その次に続くセリフは飲み込んだ。


―すなわち、「王位継承権『第一位』ではないから、たとえ死んだとしても問題ないと思っているのか?」と。


恐竜帝国は古く長い歴史を持つ…
そう、それこそ、現在地上に大量に蠢いているサルどもの子孫のものよりも、遥かに長く。
それ故、王政を構築する規範やしきたりも、また多く、古く。
帝王ゴールには、御子が二人。
長女は、ゴーラ…側室のひとりの生んだ、娘。
長男は、ゴール三世…正室の生んだ、息子。
恐竜帝国の長きにわたるしきたりは、彼らのたどるだろう未来を、彼らがこの世に生まれ落ちた瞬間に塗り分けていた。
恐竜帝国の帝王となるべきは、まず、男子。
そして、第一夫人の子女たるべし、と。
そのルールは、暗にゴーラに告げている。
お前はあくまで「王位継承権第二位」、ゴール三世に何らかの事態が起こった場合の「スペア」なのだ、と。
だが…


…がんッ。


はっ、となった二人が見返る先には、玉座におわす帝王。
不愉快気に玉座のひじ掛けをこぶしで打った鈍い音が、強制的にガレリイたちの会話を終わらせた。
必然的に、帝王の間には静寂が満ちる。
不愉快な、居心地の悪い、音のしない、間。
いや、その場にいる誰もが、帝王の様子をびくびくと伺っている…


「…帝王ゴール様」
「…」
「我々は、一体…どうすれば」


その間を割ったのは、困惑に満ちたバット将軍の声。
帝王は、無言。
将軍も、それゆえに、それ以上の言を継げない。
再び、生ぬるい無言がその空間を満たす。



「…」



十数秒か。数十秒か。それとも、それは数百秒か。



「…わかった」



―ようやく、と。
その、居心地の悪い空白を断ち切ったのは、吐息交じりの声。
帝王ゴールは、いったん目を伏せ…
再び眼見開き、一息で答えを吐き出した。
己の迷いも全て、捨て去らんとしているかのように。


「偉大なる神々が、我々にそう告げたのならば」

「…それに従うことこそ、この恐竜帝国の栄光がため」


「えッ?!」
「ゴール様!」
ガレリイ長官、バット将軍の両者ともが、動揺もあらわに声を上げる。
帝王はおっしゃられたのだ。
愛娘を地上への間諜として送り出す、と。
邪なる人間どもの蔓延る、あの場所へ…
それは、種族の命運を賭けた大きな作戦であり、また重大な選択。
他の者ではなく、彼の方自身の血を分けた者を、と…
…嗚呼。
だが、見よ。
偉大なる帝王の、その表情を。
その眼には光なく、感情を押し殺すあまりに、その表情はもはや色すらない。
「ゴーラにはわしが伝える」
「…」
「ガレリイ、バット。『賢き尖兵』を地上に放つための準備にかかれ」
「は、はっ…」
だから、それ以上バットたちも何も言えはしない。
何が言えるだろう、覚悟をした帝王を前に、親を前に。



「神々が、ゴーラを選んだのならば…」



帝王ゴールの声音は、厳かで落ち着いていた。
だが、だからこそ―傍仕えの者たちは確信する。
それは、諦念。そして、信念。
恐竜帝国の彼岸・地上進出を達成するために、己が愛しい娘を犠牲にするという―!



「その加護が、必ず。我が娘をお守りくださるだろう」



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