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それ行け!早乙女研究所所属ゲッターチーム(TV版)!

70年代ロボットアニメ・ゲッターロボを愛するフラウゆどうふの創作関連日記とかメモ帳みたいなもの。

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はじめまして!

このブログは、70'ロボットアニメ「ゲッターロボ」「マジンガー」が大好きなフラウゆどうふによりますブログです!
ゲッターもマジンガーも様々なバージョンがありますが、私の扱っているのはどちらもTVアニメ版です\(^o^)/
どうぞよろしくお願いします!

サイトのほうには今まで書いた小説とかあります↓
フラウゆどうふの「ギャグと私。」
http://www.yudouhu.net/


@カテゴリ説明@
ゲッターロボ…TVアニメ版ゲッターロボの感想、ヘボいイラストなど
マジンガー…TVアニメ版マジンガーの感想など
ゲッターこばなし…小説未満の小ネタ
「私の世界」…サイトにおいてある二次創作小説、創作活動などについて
オフライン…今まで紙媒体にしたもの

東映アニメオンデマンドで、いつでもゲッターロボが見れるぞ(*^◯^*)!
ゲッターロボ
ゲッターロボG

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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody) epilogue

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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody) ~fine/epilogue~
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それから、盛夏の日々は過ぎ…やがて、月が変わる日も過ぎた。
元気も、多少の宿題に悩まされたものの…何とか課題を片付け、また学校生活を送り始めた。
そして、それから二週間ほどすると、教師に提出した宿題が採点されて戻ってくるようになる。



そのうちの一つ、「自由作文」…元気の書いたそれをもしゲッターチームの面々が見たら、きっと一発で卒倒してしまったことだろう。



=================================

    夏休みのできごと
                       4年1組  早乙女元気

 8月の18日、ぼくとエルレーンのおねえちゃんは、悪いひとたちにゆうかい
されてしまいました。気がつくと、ぼくはでっかい飛行機のなかにいました。
そこでぼくたちは、首がからだからはなれているのに生きているブロッケンはく
しゃくという人や、からだの右半分が女の人で、左半分が男の人というあしゅら
だんしゃくという人に会いました。
あしゅらさんは、ぼくたちを人質にして、悪いことをしようとたくらんでいたの
です。だから、僕は最初、どうしたらいいのかってほんとうにこわかったです。
でも、心配することはありませんでした。
あしゅらさんたちを最初見たときは、まるでばけものだと思ったけれど、だけど、
二人とも本当はとてもやさしい人でした。
ブロッケンさんは、かっこよくって、ちゃんとぼくたちと話をしてくれて、すご
く男らしい人です。あしゅらさんも、なんだかあったかいかんじがする人です。
あしゅらさんも、ブロッケンさんも、その部下の鉄かめんさんたちも鉄じゅうじ
さんたちも、みんなみんなぼくたちにやさしくしてくれたんです。
そうしたら、そこにもっと悪いやつらがおそってきました。地球の人間をみんな
支配しようとしている、百鬼帝国のきょ大なロボットたちです。
ぼくのお父さんが戦っている悪いやつらだったので、ぼくはブロッケンさんあしゅ
らさんと、それからエルレーンのおねえちゃんといっしょに戦いました。相手は
とても強くて、とちゅうでまけそうになったけど、がんばって勝ちました。
そのあとはあしゅらさんたちのせんかんでおとまりして、次の日に家の近くまで
おくってもらいました。
もしかしたらもう会えないかもしれないけれど、またブロッケンさんやあしゅら
さんたちに会いたいです。

=================================



これに目を通した担任の教師は…
どうやら、この奇想天外すぎる物語を「創作」ととってしまったらしく、こんなピントの外れたコメントが朱書きで添えられていただけだった。
…「たいへんよくできました」の、かわいらしいウサギさんスタンプとともに。




「とってもおもしろいお話ですね。元気くんはせいぎのみかたなんだね!
すてきな友達がたくさんできてよかったね。
でも、元気くんはこどもなんだからあんまりあぶないことはしちゃいけないよ!」



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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)~a capriccio~Movement 4

「百鬼帝国…か」
巨悪の巣窟、ここは悪の天才科学者ドクター・ヘルが居城たる地獄城。
光子力研究所殲滅のために派遣した部下たちの報告は、前もって聞いていたとはいえやはり衝撃的であった。
「オーガの国とはな…そんなものがあろうとは」
巨大ロボットを製作できるほどの高い科学力を持つ亜人どもの国があり、そしてそ奴らが自分たちを攻撃してきたとは…
長いひげを撫でさすりながら、不快そうに一人ごちるヘル。
「…」
「…」
主の前にひざまずく異形二人は、何も言わぬままその様を見守っている。
老科学者はしばし、不愉快気にうなりをあげながら思考していたが…
やがて、ふう、と長いため息をつき、何とか気持ちを切り替えようとした。
「どちらにせよ、我らに牙剥くなら容赦は出来ん。切り払うのみよ!」
「はっ…!」
ヘルの瞳が、野望に光る。
新たな敵勢力の出現は脅威ではあるが、自分たちの敵はあくまでマジンガーZ、あくまで光子力研究所…
最終目的たる世界征服の前に角持つ亜人たちが立ちはだかろうと、それはその時に考えればよいこと!
「あしゅら!ブロッケン!だが今はともかく新機械獣を作らねばならぬ!
開発を急がせよ!」
『ははっ!』
下された命に、同時に応じるあしゅら男爵、ブロッケン伯爵。
二人の声が、玉座の間の空に混ざって散っていった。


「うぇ~い…グラちゃんおひさ~」
「さっき会ったばかりだよ…」
疲労困憊の鉄十字兵・ルーカスの前に通りがかったのは、友人の鉄仮面兵・グラウコス。
顔はお互い仮面やマスクで見えないが、歩みがふらついているのは身体を酷使した証拠だ。
二人ともグールで帰還したとたんにまた警備のシフトを組まれており、地獄島をゆらゆら幽鬼の様に見回っているのである。
「てゆうか、帰ってすぐ休みもなく次のシフトとかむごくね?俺死んじゃう」
「まあまあ…機械獣製作チームに比べたら全然マシらしいよ?」
「そりゃそうか、4体つぶれたから埋め合わせがなー!」
いつも通りもちゃもちゃしゃべくりながら地獄城回り警備ルートを歩く二人。
―と。
グラウコスは遠くの空に目をやり、思い出したようにつぶやいた。
「…元気様とエルレーン様、無事に研究所に戻られたかな?」
「そ~りゃそうよ!」
へへっ、と笑いながら、へらへらとルーカスが答える。
「てゆうか、俺らみたいな子どもを誘拐する悪者なんざ、そうそう転がってませんって!」
「…確かに!」
彼の冗談に、グラウコスも笑って。
とりとめないおしゃべりをし続けながら、二人は仕事を嫌々ながらにこなすのだった。


ところ変わって、こちらは早乙女研究所。
「みんな!おかえりなさーい!」
「おかえりー!」
研究所の格納庫に、ぱたぱたと足音が鳴る。
早乙女元気と、エルレーンとの二人分。
忙しげに行きかうメカニックたちの間をすり抜けて、彼らは戻ってきたゲットマシンに駆け寄っていく。
早乙女研究所にゲッターチームが帰ってきたのだ(今度は普通に、ゲットマシン形態で飛行して!)。
一足先に戻ってきていたエルレーンたちは、彼らの出迎えに走ってきたのだ…
…が。
「…」
「…」
「…」
リョウも。ハヤトも。ベンケイも。
その顔には疲労がべっとりと色濃く、またそのまなざしも暗い。
いや…
正確には「暗い」ではない、「いぶかしげ」なのだ。
こちらを見返すゲッターチーム、三人の不審感たっぷりの視線。
そのあたりに二人は瞬時に気づいてしまったので、
「ど、どうしたの?すっごい疲れてるねぇ」
「げ、元気くん、だめだよぅ…リョウたち、わるいひとたちにだまされて大変だったんだよ?」
やはりこっちも瞬時に演じる。緊張のあまりか、ちょっと声が上ずった。
だが、経験値の少ない二人の演技はあまりにわざとらしすぎて、むしろ彼らの懐疑心をさらにあおりまくる…
「そうそう、僕たちがさらわれたんだってー!そんな変なウソつく人いるんだねぇ!」
「ほんとだねえ!悪いねえ!」
本当らしくしようと気張るあまりに大げさなくらい抑揚をつけるものだから、まるで学芸会だ。
そして、元気とエルレーンの猿芝居を見るゲッターチームは、無言。
「…」
「…」
「…」
「…」
傍に立つミチルも同じく、疑いの眼を二人から外さない…
…これは、まずい。
一刻も早く話題をそらそう、この場から去ろう。
「…と、とにかく、おつかれさまなの!大変だったんだから、しばらくゆっくりしてね!」
「そ、そ、そうだよ!スイカ食べる?!さっきお母さんが持ってきてくれたんだって!」
8つの胡乱な瞳にさらされながら、必死でその目線を避ける怪しい二人組。
努めて明るくしようとするものだから、それはそれはもう凄まじく嘘臭く響くのだ。
「…」
「…」
「…」
「…」
なおさらに8つの瞳が不審の色を増す。
もう怖くてリョウたちの顔を見られない…
ので、元気とエルレーンはくるり、と方向転換。
「わあすいかってなあに?おいしいもの?早く食べたいなあー!」
「そうだよお姉ちゃん!さ、さあいこー!」
リョウたちの返事も聞かぬまま(怖くてとても聞けやしない!)、あさっての方を向いて歩きだした。早足で。
「…」
「…」
「…」
「…」
リョウも、ハヤトも、ベンケイも、ミチルも、無言。
疑念でうろ暗く塗りつぶされた目で、元気とエルレーンの背中を見やっている…
しかし、残念ながら。
貫き通すように見つめても、真実は看破できるはずもなく。
そこに残ったのは、強烈な緊張感で体力気力を奪われた凄まじい疲労感と、
あしゅら男爵の謎の手紙に踊らされて光子力研究所まで無駄に往復してきた徒労感と、
そして、
「…」
「…」
「…」
「…」
ゲッターライガーが開けた、格納庫床の大穴だけだった。


「…ば、ばれないよね」
「だいじょぶ…きっとだいじょぶ」
そして、早足で格納庫から離脱する二人組。
どきどきと心臓が速い鼓動を打っている、下手な嘘と演技のせいで。
けれど、リョウたちゲッターチームには心の底から申し訳ないが(そして格納庫に被害を出された早乙女博士にも!)…本当のことは言えやしない。
人的被害は何もなかったのだし、結果として自分たちは百鬼帝国の攻撃を阻止したのだから…
もしもばれたらそう主張して、何とか許してもらおう。
「…ふ」
「ふふっ」
どちらからともなく、笑いがこぼれ落ちた。
今日。
元気とエルレーンには、共有する同じ秘密ができた。
あの、半男半女の異形のこと。
あの、首無し騎士のこと。
不思議な誘拐事件のこと…
二人の首にかかった革紐のペンダントだけが、それが本当にあったことの証左だ。
碧く煌めく石が、光を吸い込んでうっすらとはねかえす。
鈍く輝く、海のような碧。
エルレーンの胸元で、あの女(ひと)がくれた火龍石のペンダント、その紅と対を為して揺らめいている…




くすくす、とかすかに笑いながら、二人は廊下を歩く。
いつも通りの日常、いつも通りの早乙女研究所―



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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)~affettuoso~

草原。
浅間山の裾野、少しばかり早乙女研究所からは離れた人気のない草原。
さわさわ、さわさわ、と、風が草の間を駆け抜ける。
低木を乱雑に薙ぎ倒して地面に座す飛行要塞グールは、その搭乗口を大きく開いていた。
そしてその周りには、異形たちの人だかり。
鋼鉄の兜をつけた皮鎧の兵士どもに、戦争映画の陸軍兵ども。
平和な光景には似つかわしくない、場違いな連中…
二人の少年少女を囲んで、だがその誰もが楽しそうに笑っている。
彼らは総出で賓客の見送りをしているのだ、自分たちが「人質」としてさらってきた者たちの。
「…それじゃあな、ゲンキ、エルレーン」
「気を付けてお戻りくださいね」
「うん!」
「だいじょうぶ!」
少年と少女に笑顔を向けるのは、鉄十字兵のルーカスと鉄仮面兵のグラウコス。
「いやあ、ほーんとメーワクかけちまって…ごめんなぁ」
「いいって、もう!」
何度も同じことを言うルーカスに、元気は笑って短く返す。
自分とともにバードスの杖を持って魂で戦ってくれた彼らに。
…共に苦境を乗り越えた戦友なんだ、もうこれ以上そんな詫びの言葉などいいだろう!
「ルーカスさんも、グラウコスさんも…元気でね!」
「おう!てゆうか、お前らもがんばれよな!」
「お二人も、どうぞお元気で…!」
サムズアップで答えるルーカスと、軽く一礼するグラウコス。
「ほんとありがとー!」
「もう君らには手ェ出さないから!ごめんねー!」
「よくがんばってくれた!ありがとうー!」
「元気でなー!がんばってなー!」
彼らと同じ格好の兵士たちも、皆口々に手を振り別れの言葉を二人にかける…
「!」
―と。
早乙女元気はその視界の端に、くるり、と背を向け艦内に戻ろうとした彼の姿を見る。
ぱっ、と駆け出す。兵士たちの間を縫って。
その細い右腕をぐっ、と伸ばし―
「ねえ!」
「…」
ぐっ、と掴んだのは、冷たい―軍服で覆われた、血の通わぬ鋼鉄の腕。
子どもに無理やり引きとめられた機械仕掛けの将校は、物憂げそうに目をやる…
何やら真剣な顔つきで自分を見つめてくる野球帽の少年、早乙女元気。
「あ、あの!ブロッケンさん!」
「…何だ?小僧」
「あ、あのね、あのね…」
「?」
元気は必死に何か言おうとして、けれどそのための言葉がうまく見つからなくて、
何度も何度もためらって、言うべきか言うべきかでないかを迷って、
それでも―勇気を出して、貴族将校の瞳を見つめ返した。
「僕の『名前』はね、早乙女元気!…『小僧』じゃなくて!」
「…?」
少年の意図がわからず、眉をひそめるブロッケン。
そんな様子の彼にもかまうことなく、元気は言葉をつなぐ。
「あのね、僕たち…また、会えるかな?!」


「僕たち、…『トモダチ』に、なれるよね?!」
「…!」


軽く、目を見開く。
何を言い出すのか、このガキは?
―この、残虐非道、悪辣非情、冷酷無比な鬼将校。
狂気の科学者・ドクターヘルに付き従う、地獄の死者たる自分に…「トモダチ」になろう、と、言っているのか?!
思わず腕を掴む少年の手を払ってしまう。
出し抜けの意味不明な提案に、多少なりとも動揺が伯爵の無表情な仮面に走る。
だが、見下ろす視線の先に在る小柄な少年は、何処までも真剣で…
まるで、自分に挑みかかるかのような勢いで、さらに続けるのだ。
「自分は『バケモノ』だなんてさ、そんな哀しいこと言わないでよ!
…僕が、なってあげるよ!ブロッケンさんの『トモダチ』に!」
「…」
一生懸命に言い募る元気。
彼の熱弁を、懇願を、ブロッケン伯爵は、しばらく呆然としたような顔で見ている。
「確かに、ただの…成り行き、なのかもしんないけど」
あの、男女が融合した怪人が、自分に言ってくれた。
「でも、ブロッケンさんは…エルレーンのお姉ちゃんを助けてくれた」
誰もが、自分なりに、自分にしか出来ないことを。
「だから、いつか…今度は僕が、僕たちが、ブロッケンさんを助けるよ!」
自らの行動を、「選んで」いけばいい、と。
選ぶことのできる者は、決して無実であるはずがない。
選ぶことのできる者は、決して無力であるはずがない。
お前は無実でも無力ではない、と。
「僕にだって、何か…何か、できることがある、…かも、しれないから!」
「…」
だから、己の出来ることをやればいい、と。


幼い少年の突拍子もない言葉に、伯爵はしばし言葉もなく。
その感情の宿らぬ黒い瞳が、唖然と少年を映したまま。
―しばしの、間。
だが、その空白は、不意に破れる。


「…ふふ、っ」


その微笑はどんどん度を越していき。


「く、ふふ…あっはっはっは!」
やがて、彼の唇から、こらえきれない笑い声がもれ出す 。
伯爵は、笑っていた。からからと、気持ちよさそうに笑っていた。
心底楽しそうに、笑っていた―


ブロッケン伯爵のその笑い声は、驚くほど毒気がなかった。
それこそ、普段彼の周りにいるものは一度も聞いたことがないタイプのものだ。
そうだ、彼は…伯爵は、普段こんな風に笑わない。
彼が普段その顔に浮かべるのは、冷笑、憫笑、嘲笑。
見る者のこころを凍てつかせ、いらつかせ、むかつかせる類の…
だが、この機械仕掛けの将校は笑っている…
あたかも、ただの、普通の「人間」のように。
その黒い瞳が、澄んで―笑っている。
その中に、早乙女元気の姿が映っている。


―嗚呼、そうか。
機械仕掛けの貴族将校は、やっと気が付いた。
小僧の「名前」…「ゲンキ(元気)」。
この国の言葉で、それは…Vitalitaet(生命力)をあらわすと言う。
…道理で、こんなにも、人を引きずり回すわけのわからないエネルギーに満ちあふれているわけだ!


それは伯爵に思い起こさせた…
遠い日の記憶、かつて失ってしまった、彼のたった一人の親友。
太陽みたいにエネルギッシュで屈託なく笑う、あの陽気な青年。
眼前の少年は、まるで彼のような陽性のまぶしさと力強さに満ちていた。
そう、自分を無理やり振り回してしまえるくらいに―!


両手がその生首をつかみ、本来その首があるべき場所にそれを据える。
そして、そのまま…軽く、ねじ込むような動作。
がしっ、がきっ、という、金属がこすれ、部品が結合する音。
軽くならすかのように、首を少し回す―
「!…な、何で笑うのさあ!」
「ふふ…!」
と、断ち切られていた首は、普通に…先ほどまでは「なかった」場所にくっついている。
そのまま彼は、軽くその茶色の髪をかきなぜた。
傍目から見たら普通の「人間」と何も変わらない、壮齢の将校がそこにいた。
―そう、自らが「人間」であることを少年に見せるかのように。
「ぼ、僕はもうそう決めたんだからね!決めたんだから!」
「…」
「…!」
ブロッケンの手がすうっと伸び、くしゃくしゃ、と、元気の頭をなぜた。
その手は、やはり冷たくて―だけど、決して不快ではなかった。
静かな、穏やかな微笑を浮かべた伯爵。
異形、「バケモノ」―そして、紛れもない、「人間」。
元気は、ブロッケン伯爵を見上げたまま、視線を外さなかった。
彼の微笑を、彼の姿を、網膜に焼き付けるために。
何故なら、元気にはわかっていたからだ…
おそらくは、今を最後にして。
もう二度と彼とは会えなくなるだろう、決して会うことを許されないだろうことを―
少年の思いもかけない申し出。
だが、伯爵は…微笑したまま、軽く首を振った。
「…小僧。お前は、我輩たちのことなど、忘れなくてはならん」
「…」
「そうだ…全て忘れろ。お前たちは、ただの悪い夢を見たんだ」


―だが。
「…ううん」
今度は、元気が、軽く首を振る。
そして、ブロッケンを見返す。


「僕、忘れないよ。…だって、夢じゃないもん」

「あしゅらさんやブロッケンさん達と、百鬼帝国と戦ったことも」

「ブロッケンさんがバイオリンを聞かせてくれたことも」

「一緒にトランプで遊んでくれたことも」

「…全部、全部、覚えてる。覚えてるから」


「小僧…」
確固たる思いあるいは自分勝手な強情さ。あるいはその両方。
元気は大きな両の目で機械仕掛けの将校を射抜く。
「お前は、本当に…強情な、」
その口が、もう一度罵倒の言葉を紡いだ…
「おかしな、ガキだな…!」
「…!」
敵意も悪意も全然含まれない、むしろ親愛の情。
ようやく元気にも、それがわかった―
「…じゃあな、小僧」
「…ブロッケンさん…」
けれども。
けれども、ブロッケンは―少年の「名前」を、呼ばない。呼ぼうとしない。
密やかな、だが断固とした、拒絶。
だが、それがわかっていてもなお、元気はさらに言葉を継ぐのだ。
「あのね、ブロッケンさん」
「…」
「僕は…会えてよかったと思ってる」
「…!」
「ブロッケンさんや、あしゅらさんに会えて…本当に、よかった!」
「小僧…」
きっぱりとそう告げる元気を、ブロッケンは複雑な表情で見下ろしていた。
それは、軽い驚きのようでもあり、動揺のようであり、罪悪感のようであり…そして、喜びのようでもあった。
…が、やがて、彼も破顔一笑する。
モノクル(片眼鏡)が陽光に反射し、きらりと光った。
別れの時に、わざわざ哀しい顔などしても仕方ない―
だから、笑顔で。
この生意気で我がままで意固地な、そしてこのような「バケモノ」である自分を「トモダチ」と呼ぶ、イカれたこの少年にだけ見せる笑顔で。
「…お前、ガキにしては…なかなか根性が座っておったぞ!」
「…へへん!」
「小僧、元気でな!」
「うん…ブロッケンさんもね!」
にやり、と笑う。それは、不敵な笑み。
伸ばした右手をお互い、握手代わりに打ち合わせる。
ぱぁん、と、小気味のいい音が鳴り響いた。
そして…二人は、もう一度、笑んでみせた。


長身の化生と向き合うのは、エルレーン。
その透明な瞳に、奇怪なアンドロギュヌスを映しこんで。
「それではな、小娘よ」
あしゅら男爵は柔らかな口調で彼女に告げる。
「…いろいろと、すまなかったな」
「ううん…もう、いいの」
弱々しく微笑んだ少女は、ゆっくりと首を振る。
「…」
「…」
ふつり、と、すぐに会話は途切れてしまう。
それを何だかもどかしく思いつつも、二人はどちらも互いから目をそらさないし、歩み去ろうとはしない。
何かを言おうとして、言えない。
何を伝えればいいのか、何を伝えたいのか、見つけられなくて。
エルレーンも。あしゅらも。
だから、二人の合間に、奇妙な空白。
さわさわ、さわさわ、と、渡る風が草を揺らす音が、やけに耳に大きく響く。


「小娘」


ようやく口火を切れたのは、あしゅら男爵の方だった。
「なあに?」
「…」
ぱっ、と問い返すエルレーンに、だが、彼はまた言葉を失ってしまう。
けれどもやがて、たどたどしく…男女の声がユニゾンしながら、男爵の迷いを紡ぐ。
「―本当ならば、もう二度と会わぬのだから。
『せいぜい達者でいることだ』、とでも言うべきなのだろう」
そうだ。
誘拐犯とその被害者など、何度も何度も会うべきものでもない(そんなことを望む被害者が何処にいるものか!)。
「だが、何故か」
そんなことはわかりきっていながら、それでもあしゅらは…こう言ったのだ。
「…お前とは、また会う気がするのだ。この世界の何処かで」
「…」
透明な瞳が、かすかに惑う。
エルレーンが見つめる目の前の怪人もまた、何だか困惑したような表情を浮かべていた。
そして、「また会う」…
それが意味することが分からないほど、彼女も(そして怪人も)愚かではない。
確かに、早乙女研究所はドクター・ヘル一味にとって対立する陣営ではないものの。
しかし早乙女研究所が光子力研究所の盟友である以上、
悪の天才科学者の宿敵であるマジンガーZの盟友である以上…
そこに生まれるのは互いを破壊しつくす戦い、それ以外にない!
事実、あしゅらは光子力研究所への攻撃材料としてエルレーンと元気をさらおうとしたのだから…


だが。
にもかかわらず、それが明白なのにもかかわらず、あしゅら男爵はそう言ったのだ。
それは予感か、予言か、それとも単なる彼自身の欲なのか。
エルレーンにとってその言葉は決して不快ではなかった。
もしかしたら、自分自身もそう思っていたからかもしれない。
うっすらとだが厳然と消えない矛盾、両価性(アンビヴァレンス)。
だから、あえてそれには触れずに。
自分たちの間に新しくできた、あの「約束」にこそ、想いを乗せる。


「…その時は」
にこり、と、エルレーンは微笑。
「その時は、きっと」
いつか来るかもしれない、哀しい「未来」しか生まないかもしれない、その日。
だが、だからこそ、今は、今だけは。
自分のこころを救ってくれた、大切な女(ひと)のことばを想い出させてくれた、
彼女と同じように強いこころをもった、「母親」のようなこのひとのために。
本来の自分たちの記憶を失った、さまよい人たるこのひとのために。
「私に教えてね…あしゅらさんの、本当の『名前』」
「…!」
エルレーンは、半男半女の化生を見つめ。
そうささやいて、微笑った。
星空の『約束』。他愛もない『約束』。
男爵は、少し驚いた顔をして。
そして、その後、
「ああ」
あしゅら男爵も穏やかに微笑む。
静かに響く、男爵の声。
男女両方の声色が、絡み合って不思議なハーモニーを為し、響き渡る。


「私は、そう『約束』したな…!」


こくり、と、うなずく。
エルレーンが、笑んだ。
男の鋭い瞳が、女の切れ長の瞳が…少女を映す。
見据える。
透明な瞳の少女を。
あの、鬼神のような荒ぶる戦いぶり。
恐竜帝国の「兵器」。
「母親」の幻影に惑わされ、黄泉路に片足を踏み入れようとした「子ども」。
―目の前の、「死にたがり」の少女。


「では…」


あしゅら男爵が、笑んだ。
女の青い瞳、男の黒い瞳。
二色の瞳に映る、少女の姿…
奇妙で、哀れで、凄絶な運命を負う娘。
小娘のくせに。
子どものくせに。
強くて、もろい。とてつもなく冷酷で、やさしい―


「―『また、いずれ』」


これが、あしゅらが選んだ台詞。
彼は「ひとときの」別れを告げる。
あしゅら男爵が、笑んだ。
この自分に遠き日の記憶すら思い出させた、いとおしい娘に―




「…『死にたがり』の小娘、エルレーンよ!」




「行っちゃった…」
「行っちゃった、ねえ…」
空に浮かぶ黒点が、どんどんとどんどんと小さくなっていく。
舞い上がった戦艦の巨体が見る見るうちに握りこぶし大となり、黒点となり、光の中に消え…
その様を手を振りながら見送っていた元気とエルレーンの二人。
そう、もう草原には彼ら二人ぼっち…
あの兵士たちの集団は、首無し騎士(デュラハン)は、半男半女の怪人は、もう空の彼方、だ。
夏の草原は、まぶしい太陽にぎらぎらと照らされ、風が熱を孕んで吹き渡る。
ほんの少しまではやかましかった空間が、今では静かな風の音しかしない。
拍子抜けするくらいに、穏やかな、ただの夏の風景だ。
「…」
「…」
草原。
浅間山の裾野、少しばかり早乙女研究所からは離れた人気のない草原。
さわさわ、さわさわ、と、風が草の間を駆け抜ける。
ここから歩いていくのは結構大変だが…
ふ、と、どちらともなく、笑いが漏れる。
けれど、二人は元気いっぱいだ。
大冒険のフィナーレなのだ、がんばって行こう。
両手いっぱいに思い出を、奇妙な「トモダチ」との思い出を抱えて…!
「さあ…研究所まで帰ろう、元気くん!」
「うん!」

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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)~con sentimento~

モニターに踊る文字たちが、突如波のように押し寄せた。
「!」
「これ…イケたんじゃねえか?!」
のぞき込む鉄仮面や鉄十字たちとエルレーンの瞳にも、ぱっと光がともる。
―数秒の後。
ごおおおおおん、という深い響きと静かな振動が、応急処置の施されたエンジン群からあふれだす。
廻りはじめたタービンは少しずつ、再び空へと飛翔するための力を生み出し始める。
飛行要塞グールの機械室に、歓喜の輪が拡がる。
「やった!これで何とか地獄島まではもつぜ!」
「帰れるぞー!」
「…!」
飛び上がって喜ぶ兵たちはもちろん、ともに修理の手伝いをしていた少女もにこにことうれしそうだ。
「すまねえな姉ちゃん、あんたにも手伝わせちまってよ!」
「ううん、なんてことないの!」
労をねぎらう鉄十字たちに、きゃらきゃらと笑って応じるエルレーン。
あたりどころがよかった…といっては何だが、戦闘で負ったダメージがあまり深刻ではない破壊だったのが幸いだった。
「じゃあ、さっそくブロッケン様とあしゅら様に報告を!」

「…そうか!よし!」
こちらは船長室。
鳴り響いた電話が告げる機械室からの明るいニュースに、受け取ったブロッケンも思わず破顔した。
それを聞いた元気、すぐさまに彼に駆け寄って。
「ねえ、ブロッケンさん、何だって?」
「エンジンの応急処置が終了した…戦闘は無理にせよ、飛行は可能だ」
「!…そ、それじゃあ!」
「ああ」
きらきらとした目で自分を見やる少年。
くっ、と唇の端だけ上げ、ブロッケンは応じる。
「…お前たちを帰してやるさ、早乙女研究所へ!」


『何だと…ワシの造った機械獣を?!』
「はい…」
うっすらと暗い艦橋。直立不動の体勢の鉄仮面兵、鉄十字兵。
あしゅら男爵もまた身を強張らせ、その前に立つ。
巨大な通信モニターを占拠するのは、ぎらぎらと野心に燃える目と―
白髪長髭。筋骨隆々たるその体躯が、いかにも老人のものであるその顔と異様なギャップを為す。
彼の名は、ドクター・ヘル。
あしゅらとブロッケン、鉄仮面軍団と鉄十字軍団の総領。
世界征服を狙う、邪悪に染まった知性の化身…
『…ヒャッキテイコク、だと?』
「ええ、彼奴等はそう名乗っておりました。頭に奇怪な角を持つ、亜人のようでございました」
『オーガ(鬼)…?にわかには信じがたいが…』
モニターの中のヘルの表情は、不信感でいっぱいであった。
…何せ、4機もの新型機械獣を預けて出撃したはずにもかかわらず、その全てを失った…と言うのだ。
いくらあしゅらがボンクラであっても、今までにない数を出したにもかかわらず?
そして何より驚くべきことは…攻撃を仕掛けてきたのは光子力研究所ではない、ということ!
「百鬼帝国」なる謎の軍団が我らを不意打ちした、と…
「…それは事実です、ドクター・ヘル」
『ブロッケン?』
疑問と疑念、疑惑が張り付いたような主の顔を見て、伯爵も口添えに出た。
「我輩も機械獣の一体・ダイマーU5で応戦したのですが…」
『何と言うことだ…それでは、デイモスF3も、ジェノサイダーF9も、』
「はい、奴らと戦闘し、無念にも…」
嘘や出まかせではない。それは事実だ。
『ミネルヴァダブルエックスもか?』
「…そうです」
そう、残念ながら事実。
嘆息とともに吐き出されたブロッケンの返答が、重苦しく空に散る。
「ああ、私は何と不運なのでしょう…
ドクター・ヘルが与えてくださった機械獣を、わけもわからぬ連中のせいで失ってしまった。
…あんな連中に『早乙女研究所に行く途中で迎撃される』とは!」
「…」
あしゅら男爵の嘆き節。
抑揚はまるで踊るがごとく、それは演劇、そう舞台上の俳優のような…
…ちょっと、やりすぎでは?
と思ったのだろうか、立ち尽くす鉄仮面兵たちがちらり、とお互い見やる。
しかしあしゅらの名口調名台詞は止まらないし、どうやらその目つきを見るにヘル様も信じ始めているようだ。
「相手がこちらと同数の戦闘ロボットを出してきたのが何より恐ろしい…
それほどその『百鬼帝国』なる連中は、相当な軍事力を持つ集団に違いない」
『うぬう…』
「…結果として、『早乙女研究所にはたどり着けなかった』のが口惜しいです。
兜甲児どもに対する人質を取れれば、マジンガーとの戦いで有利に立てたはずなのに…!」
『そうか…そのオーガの奴らもひょっとして早乙女研究所を?』
「どうやらそのようでした。我らがそれに抗しようとすると、問答無用でロボットによる攻撃を加えてきおったのです」
「…」
百鬼帝国なるオーガどもは、どうやら我々を敵と認定したらしい。
新たな敵の出現に、ドクター・ヘルの瞳が曇る。
「…我輩のグールも爆撃を受け、今現在、ようやく応急修理が終わったばかりです。
いったん帰還せねば、本格的な戦闘もできません」
『何?!グールまで被害を受けたのか…』
驚嘆の声を上げ、髭をさする老科学者。
ドクター・ヘルはしばらく黙考する。
光子力研究所「ではない」相手と交戦し、ミネルヴァダブルエックスを含むすべての機械獣を失ったあしゅら。
しかもその数4体、相当な打撃…
この男爵があまりに今回の作戦に自信満々であったことから、その成功を祈り預けた機械獣が皆全損とは!
その罪は重いに決まっている。
『…うーむ』
だが、かと言って、あしゅらを責めてもどうしようもない。
それに、こ奴と犬猿の仲であるブロッケン伯爵…
伯爵もあしゅらとともに共闘し(足を引っ張り合うのではなく!)、指揮艦機のグールも攻撃された、と証言している。
それぐらい凶悪な集団だった、ということか。
少なくとも、あしゅらが罪を逃れるために出まかせを言っているのではなさそうだ…
『…わかった。今回のことは責めることはできまい。
作戦が為らなかったのは残念だが…そのような恐るべき一派がおろうとは』
結局、そう判断せざるを得なかったドクター・ヘル。
いつものように失敗した部下を面罵することは止め、鷹揚にそう答えるにとどめた。
『急ぎ帰還せよ、あしゅら、ブロッケン。
ともかく今、そのわけのわからん連中にかまっておる余裕はない。
また新たな機械獣を作らねば…』
『はっ…!』
通信が切れる前のヘルの最後の台詞に、二人は慇懃な礼をした。
図らずも、仲の悪い二人の声はユニゾンして。


―そして、少しの間。
スクリーンも確実に暗転し、ドクター・ヘルとの通信が確実に切れたことを確認して…


にやっ、と、半男半女の怪人が、首なし騎士(デュラハン)に意味ありげに笑って見せた。
「ふん、貴様が口裏を合わせてくれるとは思わんかったぞ」
「…本当のことを言うわけにもいくまいよ」
からかいの色十分のあしゅらの揶揄に、伯爵殿は無表情なままで嘆息するのみ。
そう、本当のことなど言えるはずがない。
計画通りに誘拐は成功し、人質はとったものの…
光子力研究所に向かうその途中で百鬼帝国に攻撃され、あまつさえ、
「…ブロッケンさん、もういーい?」
「ああ」
…今、物陰に隠れて通信の様子を見ていた、その「人質」本人たち。
この本人たちもその迎撃に協力した、などと…
ぱたぱた、と出てきた元気とエルレーン。
先ほどの感想は、というと…
「あのおじいちゃんがブロッケンさん達の…じょうし、なの?
すっげえヒゲー!あれ顔洗う時に邪魔じゃないのかな?」
「それなのにすっごくからだがきんにくなの。ハヤト君みたい」
好き放題なことを述べている始末、ドクター・ヘルが聞いたらどう思うだろうか…
「小僧、小娘、待たせたな。さあ、お前たちを早乙女研究所に送ってやろう」
「!」
あしゅらの言葉に、二人の瞳が輝く。
そんな元気とエルレーンを見て、あしゅらは少しばかりすまなそうな顔をする。
「…とはいえ、さすがに研究所に近づくのは難しいからな。
そこから少し離れた場所にグールを着陸させる。
なに、お前たちなら研究所まで歩いていけるだろう」
「うん、ありがとう!…それに、これも!」
大きくうなずいた元気、何やら首元から取り出す―
革紐でつながれた蒼、あしゅらが渡した守護珠。
「ああ、そうやって身に着けておけ。
相当のことでなければ、1回だけはその石が身代わりとなって、お前を守ってくれる」
―と、ここまで言って、あしゅらはにやり、といたずらっぽく笑うんだ。
「まあ…我らのような『悪漢』がかどかわそうとするのも、どうやらお前にとっては日常茶飯事のようだからな!」
「やだなあ~、誘拐なんてもうごめんだよぉ!」
元気も陽気に笑い返す。何て悪趣味な冗談だろう!
「でも…」
けれど、そこであしゅらは思いもかけない言葉を彼から聞いた。
少年は少しだけ真顔になって、あしゅらを見返してこう言ったのだ。
「あしゅらさん、ブロッケンさんたちなら!また研究所に来たっていいんだからね!」
「!…ははっ!」
一瞬、ぽかん、として。
そして、その意味が分かって、男女半々の怪人は快活な笑い声をあげた。
…まったく、この子どもたちはどこまで豪気なんだ!
「それは謹んで遠慮させてもらおう…命がいくつあっても足らなさそうだからな!」
「…ふっ!」
笑むあしゅらの背後で、伯爵殿が多少その無表情を崩してしまう。
「では、ブロッケン。お前にこの艦の指揮権を返そう」
「ああ」
さあ。出発の時だ。
す、と身をひるがえし、あしゅら男爵が退く。
代わりに歩み出るは、ブロッケン伯爵。
「では、行くぞ!」
かつ、とブーツのかかとが硬い音を鳴らし。
首を右腕に抱えた異形の将校が、ブリッジの中央に立つ。
「飛行要塞グール、発進!早乙女研究所に向けて進路をとれ!」
再びグールの指揮権を我がものとした悪魔の支配者の命に従い、鉄仮面兵たちが動き出す。
「エンジン点火!」
「エンジン点火!」
俄かに騒がしくなるブリッジ、通信が機内中を駆け巡る。
どぅ、と、その身を震わせる飛行戦艦、エルレーンたちの全身を軽く揺るがして…
そして舞い上がる、全長200メートルもの巨体が蒼空へと―!
「飛行要塞グール、発進!」


そうして、こちらは早乙女研究所。
広い格納庫、銀色に鈍く光る床、そのなめらかな表面にいきなり乱雑な大穴。
ぽっかり開いたその穴の向こうには、土くれとゲッターライガーがぶち抜いたであろう細長いトンネルが延々と…
「三人とも、血相変えて光子力研究所に行ったわけだけど…帰ってこないねぇ」
「俺たちも一応止めたんだけど、『普通に空へ発進したら奴らにバレてしまうんです!』っていうからさ、」
「何かの秘密作戦だって思ってたんだけど…」
その穴を背景にし、口々に言うメカニックたちの表情は微妙なもので。
ゲッターチームの突然の行動に面喰らったままの彼らに、話を聞くミチルもまた、眉を顰めるばかり。
「うーん…」
こんなことまでして、隠れて光子力研究所に行かねばならなかった。
それは元気とエルレーンが誘拐されたからだ、という。
しかし、その当の元気から「友人宅に泊まる」と電話があったのだ。
友人の多い元気には、友達の家に泊めてもらうことはよくあることなのだが。
しかし…
「…一応、まあ…機器とかは破壊されてはいないからさ、もう修理は始めていいよね?」
「あっ…はい、多分」
「一体、いつになったらリョウくんたちは戻ってくるんだろうねぇ?」
ミチルの生返事を聞きながら、頭をひねりながらもメカニックたちは大穴を埋める作業に入る。
ぽつっとこぼした彼らの疑問に、彼女は当然答える術もなく。
「…???」
何一つ状況が把握できず、同じように頭をひねるミチル。
遠い空の下、光子力研究所内でもリョウたちゲッターチームと甲児たちが困惑したまま動けなくなっていることなど、彼女にはまったく思い至らないのであった。

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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)~delicato~

「…はっ?!」
いつの間にか閉じていたまぶたが反射的に開くなり、眼前に白い視界が開けた。
がばっ、と身体を起こした時に、ようやく自分は人事不省になっていたことに気づいた。
窓からさんさんと差し込む日の光は、目映い白。朝の白。
そうだ、ここは光子力研究所。その応接間。
自分はそこで不測の事態に備えていたはずなのだが…
見かねた誰かがかけてくれたのか…半身を覆っていた毛布が、ずるり、と、床にしなだれる。
「おお、起きた?リョウ」
「…俺、寝ちまってたのか」
まだ清明でない意識を無理やり振りたてれば…自分が不覚にも寝くたれていたソファの周りに、仲間たちの姿。
甲児やさやかが、自分を心配そうに見返してきている。
ハヤトやベンケイも、多少憔悴しているようだが…それでも、薄い笑みを浮かべられるまでには、まだ余力があるようだ。
「安心したまえ…何も起こってはいないよ、今まで」
「そうですか…」
弓教授の穏やかな言葉に、胸をなでおろす。
自分が寝こけている間に敵の襲撃などがあろうものなら、それこそ馬鹿丸出しだ。
「…」
…だが。
そもそも、襲撃があろう、というなら。
何故それが昨日のうちに来なかったのか?
いや、何よりも、元気とエルレーンをさらった当のあしゅら男爵から次のメッセージもないのは何故だ?
さらわれたはずの元気からミチルが受けた電話、元気ちゃんは一体何故そんなことをした?
何故、何故、何故―?
「一体…」
昨日の夕刻、ミチルからの通信を受けて以来、脳内をぐるぐると空転し続ける問い。
リョウの口から、苦悩にまみれてこぼれ落ちる。
「一体、何なんだろう、これは…?」
「さあ、な…」
首をかしげる甲児。
「ともかく…相手の次の出方をうかがうしかねえな」
「ああ…」
結局、彼らは「待ち」でいるしかない。
だが、いつまで「待て」ばいいのか?
今日?明日?それとも…?
何が起こるかすら、もう想像もつかない。
いや…このまま、何も起こらなそうな気すら湧いてくる。
「とりあえず、シャワーでも浴びさせてもらったら?ひでえツラしてるぜ、リョウ」
「…そうする」
だから、さすがのリョウも、少しこころが折れてしまったのか。
ベンケイの言葉に、憂鬱気にうなずいて。
無理な態勢で寝落ちしたせいで痛む身体をぎしぎしと無理に動かして、大儀そうに立ち上がった。


夜は当然こちらでも去り、朝は長野の山にもやってくる。
「え、お姉ちゃん…ほんと?」
「うん」
さて、こちらは飛行要塞グール・食堂。
己の分身が終わりの見えないスタンバイ状態に消耗しきっていることになど、露ほどにも思い至らぬエルレーン。
元気にこくり、とうなずいて、コックのレアルコス得意の朝食メニュー・目玉焼きの残りを口に放り込んだ。
よく噛んでから、こくん、とそれを飲み下し、にこっと笑って、こう言って見せた。
「グールのしゅうり、お手伝いに行こっかな、って」
「へえ…」
「いいのかよ?てゆうか、人手はあった方が助かるけどさあ」
「お客様にそんな仕事をしていただくのは、ちょっと申し訳ない気が…」
ルーカスとグラウコスも彼女の申し出にちょっとびっくりしているようだ。
破損した機械の修理なんて言う泥臭い仕事に、こんな少女を借り出していいものか、と。
しかしながら、エルレーンはきゃらきゃら笑って(大して大きくもない)胸を張る。
「いーの、っ。私、キカイとかとくいだよ?お手伝い、したいの」
「そうなん?そりゃ、ありがたいけど!…じゃ、修理班の連中に連絡しとくぜ」
苦笑いしながら、通信機でルーカスは格納庫にいるらしき仲間に連絡する。
…と。
何やらまごまごしている元気、困ったように問いかけた。
「で、でも、その間…僕、どうしよう?」
「この人たちにあそんでもらったらいいよぉ」
が、むべなるかな。
あっさりと首をふる下っ端兵士たち。
「あ、悪ぃ、それ無理」
「申し訳ありません、私たちは勤務シフトが入っていまして」
「えー?!それじゃ僕、一人ぼっちで待ってないといけないのー?!」
瞬時におもりを断られた元気、不平不服の声をあげるも…
哀しいかな、兵士の彼らはやることがあるのである。
休暇中、でない限りは。
「しゃあねーじゃん、お仕事なのよ俺たち。あー辛いわー」
「お部屋でゆっくりしていてください」
「ちぇー…」
いきなりひとりで放置されることが決まってしまった元気が不満げな唸り声をあげる。
しかし、文句を言ったところで二人の仕事がなくなるわけでもなし。
かと言って、エルレーンについていっても、自分は修理の手伝いをできるわけでもなし…
「そんじゃなー、俺たち頑張ってくるわー」
「シフト終わったらまた来ますねー」
「はーい…」
グール修理にとエンジンルームへ向かうエルレーンを見送り、部屋まで送ってくれた二人を見送り。
ぽつん、と広い部屋にひとりきりになった元気。
当たり前だが、戦艦に子供が喜ぶような遊び道具があるはずもない。
「…」
手持ち無沙汰にベッドに転がってみるも、いいベッドでしっかり睡眠をとったのだから眠気の欠片もなく。
小一時間ほどは、無駄にぽよぽよベッドの上でごろごろしていたものの…
「…!」
何やら、ぱっと表情を変える。
がばり、とベッドから飛び出した元気は、ばたばたと勢いよく廊下に飛び出した。


最早勝手知ったる、といった様子で、グールの通路を駆けていく。
時々通りすがる鉄仮面兵や鉄十字兵に笑顔であいさつし。
で、時々彼らに目的地の場所を聞いたりして。
まっすぐ、曲がって、またまっすぐ行って…
そして、彼がたどり着いたのが、ここである。


..."Captain's Cabin".


「?!…こ、小僧?!」
「あっ、ごめん、シャワー浴びてたの?」
がっちゃっ、と、出し抜けに開いた扉に、さすがに常日頃無表情気味なブロッケンの顔色も変わる。
シャワーブースから出てきたばかりだったのか、タオル一枚をまとった姿。
ぽたぽた、とこぼれる水滴が、床にてんてんと丸い跡を作る。
自分にとてつもない無礼を働く子どもにブロッケンはあっけにとられたのか、思わず無言…
しかし元気はあっけらかんとしたものだ、あっさりこう言って笑うだけ。
「ごめんごめん!着替える間、外に出とくよ」
「…」
あははと笑いながら、元気は再び扉を閉める…
ばたん、という音とともに、そこには唖然となってしまった伯爵殿だけが残される。
いきなりすぎて、あまりに唐突すぎて、反射的に怒鳴り返す言葉すら出てこなかった。
「…」
やにわ、乱暴にタオルで身体を拭い、髪の水滴を取り去る。
椅子に引っ掛けてあった下着に軍服のズボン、それに白いシャツを身にまとう。
伯爵の最低限の身支度がちょうど終わったところで…
「ねーえ、もういーい?」
「…はあ」
どんどん、と乱暴なノックとともに、大声が木製の扉を貫いた。
あの小僧はどうあってもこの部屋に入りたいらしい、こちらが取り込み中なのは明らかにわかるはずなのだが…
いや、そういうことを察せないのが、子どもというものか。
昨晩の森でのやり取りに続いてのこれ。
ブロッケンは、不本意にも…「このガキどもはこちらの命令など聞かない、抗弁してもより面倒くさいことになるだけ」ということに慣れつつあった。
誠に不本意ではあるが。
はあ、と、ひときわ大きいため息をついて、軽く肩をすくめ。
椅子に座り込み、はあ、とまたため息を繰り返す。
「わかった…入れ」
「はーい」
あきらめの声を上げれば、元気がすぐさまに部屋に入り込んでくる。
あっけらかんとしたその様子からは、先ほどの非礼を恥じている風すらない。
「小僧…お前の家には、ノックをするという習慣はないのか」
「ああー、それお姉ちゃんにいっつも言われる!つい忘れちゃうんだよねー」
「…」
十分に皮肉の色を込めたつもりの台詞ではあったが、子どもにはまったく通用しない。
悪びれもせず、けろっとそう言ってけらけら笑うだけだ…
…伯爵の口から、いろいろあきらめた嘆息。
「…で、何の用だ」
その嘆息の最後に、投げやりに問いかける。
「あのね…」
…と、言いかけた元気の視線が、ある一点で止まった。
気だるそうにテーブルに投げ出された、ブロッケンの右手に…
その右手、そこに在ったそれは、元気の興味と好奇心を十分にひきつけた。
元気は、そのことについて問うことに、何の躊躇もしなかった。
タブーであるかもしれない、とすら思いつきもしなかった。
そのような配慮が出来るはずもない、彼はまだ「子ども」なのだから。
だから、彼はその残酷な質問をストレートに伯爵にぶつけた…
「ねえねえ、ブロッケンさん?」
「…何だ、小僧?」
「ブロッケンさんって、結婚してるの?」
「…!」
元気の言葉を聞いたその一瞬だけ、ブロッケンの表情が動揺で強張る。
が、すぐにそれを押し隠し…無表情で押し隠し、問い返した。
「…何故、そんな事を聞く?」
「えー、だって、ほら…け、結婚指輪、してるみたいだから…」
「…」
そこまで言われて、彼本人もようやく気づいたようだ…
そう、今彼は、いつもしている白い手袋をしてはいない。
シャワーを浴びる際に外したまま、つけていなかったのだ。
ブロッケンが口をつぐんでいるうちにも、元気は元気で勝手に推察を進めている。
「あ、でも…右手だから、それって結婚指輪じゃないね。婚約指輪…だっけ、右手は」
「…日本では、そうなるのか?」
「え?」
「…我輩の国では、右手の薬指にするのが『結婚指輪』と相場が決まっているがな」
「え、それじゃ…」
元気の言葉に、ブロッケンは微妙な表情を見せた。
ほんの少し、間があいた。
「…」
黙り込んだ、伯爵殿。
怒っている、というよりは、惑っている、ような表情で。
「…?」
「…今は、」
ようやっとのことで絞り出された声は、少し震えているようで。
「もう、」
一言、一言に、長い空白。
「会えない、相手…だがな」
そう言って、軽いため息でその弱々しげなセリフを締めくくった。
「…」
「…」
「…」
ブロッケンは答えた。
叱るでもなく、怒鳴るでもなく、ぶしつけな子どもの問いに、彼なりに誠実に。
…元気は口をつぐんでしまう。
理解したからだ。
元気は、やっと…自分のとった軽率な行動を、後悔した。




間。
空調の音だけが、かすかに低くうなる。




「…それより、何の用でここに来た?」
「あ、っ」
気まずい空気を押し流すようにもしくは先ほどの自身の発言を押し流すように。
唐突に投げ込まれた質問に、元気ははっ、とここに来た目的を思い出す。
「鉄仮面と鉄十字のお兄ちゃんも仕事に行っちゃったし、
エルレーンのお姉ちゃんもグールの修理に行っちゃって、僕一人ぼっちなんだ」
「…それで?」
先を促すブロッケン。
しかし、その次に小僧の口から出た言葉も、また彼をひどく面喰わせる。


「だから、ブロッケンさんに遊んでもらおうと思って!」
「…」


「…何故、我輩がそんなことを」
今度こそ、はっきりと鉄面皮の伯爵の表情が困惑に歪む。
だがそう言ったものなど歯牙にもかけないのが、子どもというものである。
「だってぇ、ブロッケンさん…最初に会った時に言ってたよ?
『休暇中』だって」
つまりは、ブロッケンも自分と同じ…
「夏休み」中なのだ。
「だったら、他の人たちと違って暇なんだよね?
いーじゃん!一緒に何かして遊んでよ!」
「小僧…お前…」
「みんな働いてるのに、ブロッケンさんはここにいるってことは…
ブロッケンさんも暇なんでしょ?そうでしょ!
じゃあいいよね、僕と遊んでよ!」
「…」
やっても無意味なことは、繰り返す意味がない…
合理的判断は、正しいながらも面倒なことを彼に強いる。
不承不承、彼は…うるさい子どものリクエストに応えざるを得ない。
そう、昨夜と同じく。
「…」
机から何かを取り上げ、無言でテーブルの椅子を引き、どかり、と座り込む。
無言で元気にも座れ、と目で示す伯爵。
ちょこん、とブロッケンの向かいの椅子に座った元気に、気だるそうに彼は言う。
「…さすがに、カードくらいはできるんだろうな」
「かーど?何の?」
きょとん、となる元気。
カードゲームと言ってもたくさんある。
カルタ?UNO?花札?
だが、一般的に、「カード」と言う単語があらわすものと言えば…世界的にこれだ、と決まっている。
テーブルにぽん、と放り投げられた小さな箱とそこに書かれているマークを見ると、元気の目にぱっ、と光がともる。 
「ああ、トランプ!」
「ポーカーでいいだろう」
「えっと、数字とかマークあわせる奴だよね!いっぺん家でやったことある!」
やはり無表情気味なまま、元気の向かい側の椅子に座り。
カードケースからデックを取り出し、それをよく切りながら言うブロッケンに、うれしそうにうなずく元気。
チップ代わりに、テーブルの小箱からキャンディを転がして、分配して。
ブロッケンによって交互に配られたカード、全部で5枚。
さっそくカードを手にする元気、意気揚々とポーカーに挑む。
…が。
「えーっと、マーク全部そろえるのと、数字が同じの三つの作るのって、どっちが上だっけ?」
「…マークがすべて同じの、フラッシュだ」
「そうなの!じゃあ、これとこれを交換、っと…」
「…」
どうやら、ポーカーを「やったことがある」とは言っても、ルール自体あやふやのようである。
元気はカードを2枚交換、山札から新しいカードを引くなり…
「ああん!欲しいのこれじゃないのにー!んもー!」
「…」
まあ、素直でまっすぐな小学生の子どもに、ポーカーは土台無理である。
考えも作戦も口から表情からだだもれ。
駆け引きを楽しむどころか、まともなゲームにもなりはしない…
「ポーカーフェイス」などといったものとは全く無縁の元気の反応に、伯爵は…無言で目を伏せ、ため息をつくばかり。
だが始めてしまった限りは仕方ない、数戦やって納得して帰らせよう…
ぽい、と3枚カードを捨て、彼も新しくカードを引く。
…と、その時。
こんこん、と、扉が鳴り。
がちゃり、と開いた扉から、ワゴンを押す鉄十字兵の姿。
「ブロッケン伯爵、ミネラルウォーターをお持ち…え、ええっ?!」
静かに部屋に入ってきた兵が、調子っぱずれな驚嘆の声をあげる。
「あ、その声、ルーカスさん?」
「てゆうか、ちょ、おま、ゲンキ…」
「それ、僕の分ってある?僕も欲しい!」
「おい、あの…」
ルーカスに気づいた元気、笑いながら自分にも飲み物を要求。
同様あらわな彼のもの言いたげな顔にもちっとも気づかず…
「…鉄十字、用意しろ」
「あ、は、はい…」
「ありがとー、ルーカスさん!」
ブロッケンはやはり面倒くさそうに、「そいつの言うとおりにしてやれ」と促してくる。
主がそう言うのならそうするほかない、ルーカスは元気の分もグラスに水を入れてやる…
「そ、それでは私はこれで」
「うん!またねー!」
「…」
この場の奇妙な空気に耐えかねた下っ端兵士の彼は、「何故元気がここにいるのか」と問うこともせず。
一目散にこの場を逃げ出したい、とばかりに、口早にそう言って二人から後ずさる。
お気楽に手を振ってくる元気、気だるそうに遠い目をしている伯爵。
ドアが閉まる瞬間、こんな会話が聞こえてきた…
「はい!僕、ツーペアー!」
「…フラッシュ。我輩の勝ちだ」
「えー?!何でぇー?!」
ばたん、と扉を後ろ手に閉めるなり、ルーカスの口から一気に安堵の吐息が漏れ出た。
今見た光景がとても信じられず、ついつい目をしばたたかせる。
自分たちが手いっぱいだからといって、独りでは退屈だからといって…
だからと言っても、まさかこんな手段に出るとは。
(げ、ゲンキ…あいつ、マジすげぇわ…)
まさか、あの地獄の鬼将校・ブロッケン伯爵を遊びにつきあわせるとは…
まさか、その子どもの我がままにあの悪夢の支配者・ブロッケン伯爵が黙って付き合っているとは…
「いやあ…すげえもん見たわぁ…」
驚きのあまり、率直な感想が思わず口をついて出てしまったルーカスであった。

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女優の幕間

『重いだろ?俺が運ぶよ』
『あら、いいんですよ甲児さん!』
『何言ってるんだい!まかしとけって』
地獄城、ドクター・ヘルの研究室。
光子力研究所に放った密偵から送られてきた映像を見る老科学者の目は、彼らが宿敵…くろがねの城たる機神を駆る青年を見ている。
画面の中で、彼は同い年ほど…いや、それよりは少し年上だろうか、キャップとつなぎという快活な服装に身を包んだ、器量のいい少女にでれついている。
「…ふむ」
薄暗い、無数の機械群に支配された研究室の中…
長く伸びた真っ白いあごひげをなでながら。
ドクター・ヘルは、興味深げにひとりごちた。

「な…」
「何ですって?」
それより数時間後。
主君より新たな光子力研究所攻略が為の作戦を聞かされた指揮官・あしゅら男爵とブロッケン伯爵は、驚きのあまり思わず大声を上げていた。
「わかったか、二人とも…外と内からの挟撃を狙うのだ!」
「で、ですが…」
「何か不服があるか、ブロッケン伯爵?」
と、指揮官の一人、ブロッケン伯爵が異を唱えんとする。
かつてはナチスの鬼将軍であったが、今はヘルの手によって機械仕掛けの首なし騎士…その走狗と成り果てた男は、困惑に言いよどみながらも続ける。
「いえ…機械獣を指揮するという役目、我輩は理解します。
しかし…」
そこで、ちらり、と。
侮蔑と憐憫が混ざり合ったような視線を、隣に立つ政敵に投げる。
…男であり女でもある、その怪人に。
だが、意外。
とんでもない役目を振られた彼は、顔を上げ…誇らしく言ってみせたのだ。
「構わん、ブロッケン」
「あしゅら?!」
「面白い、やってみせようではないか!」
男女両方の声色が、絡み合って不思議なハーモニーを為し響き渡る。
その言葉には、自信が満ち溢れていた。
必ずこの作戦を成功へと導き、憎き兜甲児を、マジンガーを打倒すという…
「それではあしゅら、お前も大丈夫じゃな?」
「はい、ドクター・ヘル」
再度問う主に、半男半女の怪人は力強く断言してみせる。
男の黒い瞳に、女の青い瞳に、同様にたぎる闘志。
凛とした声で、誓ってみせる―
「お任せください、このあしゅら…
大役を見事やり遂げてみせましょう!」

クリーニング屋の白いバンは、明るい日差しを照り返しながら山道を行く。
「さて、次は…ええっと、武田さん家ね」
顧客リストを片手にハンドルを握るのは、看板娘のひとみだ。
空は爽やかに晴れ渡り気持ちのいい日、もうすぐすべての得意先を回り終えられる。
ひとみは気分も軽やかに、鼻歌なぞ歌いながら山道を進んでいく…
リアビューミラーに、「それ」が映るまでは。
「?!」
突然だった。
目の錯覚かと一瞬動じた、しかしそうではない。
顔の半分が、女。
顔の半分が、男。
フードをかぶったそれは、顔面が…真ん中で、真っ二つに、男と女に分かれている…?!
常識では考えられないそれが、リアビューミラーに映っているということは…
「それ」がいるのだ、自分の背後に!
ひとみはすぐさまにブレーキを踏み車を止めようとした、
しかし相手はそれよりも先に動いた。
「動くな」
二つの声が、同時に響く。
そして自分に即座に突きつけられたモノ、それが拳銃…
平和な庶民の日常生活では目にかかることすらない、危険そのものであることがわかった瞬間、ひとみは恐怖のあまりに気を失いそうになる。
だが、薄れそうになる意識の中、叩き付けられるかのように放たれた化け物の言葉が、脳内にがんがんと反響する―
「命が惜しければ、従え!」

どさり、と、洗濯物の山の中に投げ出された身体は、何の抵抗もなくその中に沈み込んだ。
「…これでよし」
大きな音を立て、あしゅら男爵はトランクの扉を閉ざす。
ひとみを薬で深く眠らせ、この人気もない山道にバンを置き去りにしておく…
捜索するにしても、なかなかここまではたどり着けまい。
少なくとも、一日はたっぷりと時間が稼げよう。
「しばらくここで眠っているんだな…」
「男」の声と「女」の声が、バンに閉じ込められた美少女に最後に投げかけられた。
「あしゅら様、我々は如何いたしましょう?」
と、侍っていた数名の鉄仮面が、指示を仰いできた。
「ここからは私一人で動く…
お前たちは後々の指示を待て」
「はっ!」
飛ばされた命令に、一斉に敬礼で答える鉄仮面軍団。
ざっ、と隊列を組み、何処かへと去っていく。
その様子を見送りながら、あしゅらは山道に立ち尽くす。
白い陽光に照らされたその姿は、まさに怪物…
紫と紺が、中央で真っ二つに分かれた、頭を覆い隠す頭巾のようなマントのような、奇妙な服。
奇妙な服をまとうその人物も、平たく言えばその服と同じ。右半身、紫の頭巾。その下にあるのは、女の顔。
白い肌、切れ長の瞳、細い眉、紅い唇。
左半身、紺の頭巾。その下にあるのは、男の顔。
浅黒い肌、鋭い瞳、太い眉、少し厚い唇。
溶け合うはずのないその両性が、身体の中心を境界線として真っ二つに分かれ、一つの身体を構成している。
「…!」
瞳を閉じ、両腕を合わせ、長身の怪人は意識を集中させた。
すると、眩い光があしゅら男爵を包み込む。
足から腰へ、胸から顔へ、全身を包んでいく奇妙な光は魔術なのか。
そして、その光がゆっくり失せていくと…
そこには、二色二性の怪人の姿は、もう何処にもなかった。

「それでは、ひとみさん…今日からよろしくお願いします。
家事も手伝っていただけるとのことで、助かります」
「ええ、よろしくお願いします!」
光子力研究所、応接室。
敵の本丸であり、地獄城の手の者・辣腕のスパイですら入り込むことに苦慮する敵基地内。
その場所に、あしゅら男爵は軽々と入り込んだ…
クリーニング屋の娘、「青空ひとみ」として。
どうやらこの娘、以前より研究所の人気者だったようだ。
さらさらと流れる黒髪、整った容貌にきらきら輝く笑顔。
なるほど、この容姿ならば男どもは放ってはおくまい。
堅物の弓教授ですら、その顔がにこにことうれしそうである。
…が。
「いやぁ~、ひとみさんが来てくれるなんてなぁ~!
これだったら俺、いくらでも調教されちゃう!」
「まあ、甲児さんったら!」
「掃除とか洗濯とか、別にそんなに無理しなくってもいいんだぜ!俺とシロウでちゃちゃっとやっちまうからさ~!」
スーパーロボット・マジンガーのパイロット…兜甲児が鼻の下を伸ばしまくる態度は、あまりにも度が過ぎていた。
何とか笑みを取り繕って返したものの…
(…阿呆め、にやにやしおって…気色悪いわ!)
さすがに顔には表せぬが、今まで散々殺しあってきた宿敵のだらけきった様子には、さすがのあしゅらもいささか怖気だってきた。
ヘルが立てた今回の作戦は、ブロッケンとの共同作戦…
まず、変身能力のある自分がクリーニング屋の娘「青空ひとみ」になりすまし、光子力研究所内に入り込む。
そして隙を見て電波妨害装置をレーダーなどに取り付け、研究所が敵機の接近を察知できぬようにするほか、可能ならばマジンガーやアフロダイにも爆弾を設置しダメージを与える。
ブロッケンは地獄城にて待機、合図があり次第飛行要塞グールにて出撃し、機械獣ファンガスB3を引き連れ、本格的に攻撃に乗り出す。
レーダーが機能しなければ、研究所は盲目同然。
完璧な奇襲を行うことができる、素晴らしいアイデアだ。
あの忌々しいブロッケンが派手な攻撃役というのが多少気に喰わないが、まあそれはいい…
作戦が成れば、後から鉄仮面軍団も投入することもできるだろうし、我らの手で兜甲児の首を上げることも可能だろう。
(だが…「調教師」、とはな。
こ奴らの考えることはよくわからんわ)
今、自分がその姿を変えている、ロングヘアの美少女…
研究所に潜入するのに、何故この娘が選ばれたのか。
密偵からの話によれば…弓一家に転がり込んだ兜兄弟は、
どうやら身の回りの手入れもよくしないようだ。
掃除もしない、洗濯もしない、部屋を汚しまくる甲児たちに、弓さやかもとうとう堪忍袋の緒が切れてしまう。
どうしようもない兄弟の生活態度を締め直すため、調教師を雇おうと言い出したのだ。
弓弦之助もそれに応じ、家事手伝い役としても適役とみなされたこのクリーニング屋の娘に頼み込んだという訳だ。

…と。

何やら、とげとげしい視線を背中に感じる。
「…」
「?」
気づけば、それは弓さやか…
振り向くと、彼女は自分を鋭い眼で睨みつけている。
そう言えば、先ほど入口でばったり会った時もそうだった。
それは新しく家に来る家事手伝いを「出迎える」というより、「待ち伏せしている」かのような剣幕で。
「…ふんっ!」
勝気なヘアバンドの少女はこちらの怪訝な顔に気付くや否や、勢いよくその顔をそむけてしまう。
最早、敵意は丸出しだ。
(…なるほど)
どうやら、弓さやかは…調教師を雇う、ということを言い出してはいるが、それがこの娘、青空ひとみであることは気にいらないらしい。
それもそのはず…そして、その苛立ちの原因は明らか。
目の前でだらしなくやにさがっている兜甲児とシロウの様を見ればそれは一目瞭然。
多分に兜甲児に好意を持っているだろうさやかが、他の女にでれつく奴を見て気分がいいはずがない。
「甲児君ったら!
でれでれしちゃって、情けないんだから!」
その怒りの切っ先が、兜甲児本人に向く。
豊かな情愛は、裏切られれば灼熱の嫉妬と化す。
「大体甲児君たちがまともに家事もしないからこの人に頼んだって言うのに…何よ、今さら!」
「さやかさ~ん、へへ、やきもちなんてみっともないよ?」
「もう!シロウちゃんは黙っててよ!」
怒り散らすさやかにシロウがいらぬ口を聞き、彼女の立腹にさらに火に油を注ぐ。
弓教授はと言えば…「また始まった」とでも言わんばかりの表情で、呆れ顔で見ているだけ。
面喰らうあしゅらの前で、甲児とさやかのいがみ合いは続く。
「さやかさんには関係ねえだろ?黙ってろよ!」
「『黙ってろ』とは何よ!」
売り言葉に、買い言葉。
甲児が怒鳴りつけるから、さやかも声を荒げる。
互いに退かない性質の二人の言い争いは、エスカレートするばかり。
思わず耳をふさごうとした、その時だった―
甲児の吐いたセリフが、冷酷に響いた。


「いちいち口出ししてきてうるっさいんだよ、
女のくせに!」

「な…何よ、甲児君たら!私が、今まで…」
女のくせに、と。
さやか自身がどうしようもできないことを、さやか自身が
内心に悩んでいることを、一片のデリカシーすらなく貫く。
甲児の罵倒は、率直な悪意そのもので。
彼女のプライドを、面と向かって砕いてしまうようなもので。
今までの彼女の献身も自己犠牲も顧みすらしないもので。
それでも気の強い少女は、何とか言い返そうとする。
が…果たせるかな。
女心を理解する度量もない男は、彼女を目の前の美女と比較する…という、残酷な方法でさらに彼女を傷つける。
「あ~あ~、やだねぇ~女のヒステリーは!
ちったあひとみさんの爪のアカでも煎じて飲めばどうだ?」
「~~~ッッ!!」
さやかの瞳が大きく開かれ、そして…少し、揺らめいた。
にじんできた涙が、彼女の目を縁取る。
生来の負けず嫌いが何とかこらえさせてはいるものの、押さえ込んですら顔中一杯になる哀しみと怒りは、いまにもその我慢を超えてしまいそう。
(…)
ちくり、と。
胸の何処かが痛んだ―
弓さやかのその姿を見る、青空ひとみの右の瞳。
変化の奥、青い瞳が…侮辱され、傷つく少女を見ている。
彼女の肩を持ってくれる者は…どうやら、いない。
兜シロウはにやにやとしているだけ、
弓教授も困り顔で見ているだけだ…
この場にいる男どもは、どいつもこいつも。
…ちくり、と刺すような痛みが、何処かあしゅらを急かす。
その感情の正体は、「苛立ち」だった―
そうだ。
兜甲児の吐いた言い草は、自分も幾度か聞いたことがある。
そうして今のさやかのように、屈辱に歯噛みしたこともある。
…何故なら、それは。
かつて自分にも浴びせられ、悔しさのあまりに涙を流させた言葉だからだ―
「女」としての自分が、泣いた記憶。
自分も、それを…知っている。
だから。
「女」のあしゅらは、我知らず口を開いていた。

「…こら、甲児君!」

「えっ、」
「ダメよ?女の子にそんな失礼なこと言っちゃあ」
思わぬところから言葉を掛けられ、間の抜けた声を漏らす兜甲児。
…さやかの表情が、少し変わった。
「で、でもさあ、ひとみさん!」
「それに!…さやかさんはいつもキミをいろいろ助けてくれてるじゃないの。そうでしょ?
『女のくせに』なんて、ひどいこと言うものじゃないわ」
口答えしようとする奴に、さらに言ってやる。
当然の主張、正論の説法。
だから、甲児も口ごもって、目線をそらしてしまう。
言い返す言葉のなくなった男はいつもそうする、詫びることすらろくにできずに。
「…ふん」
見れば、弓さやかが…口をへの字にして自分を見つめている。
今にも泣きそうな、叫びだしそうな、哀しそうな顔で。
わかる。
彼女の気持ちが、まるで自分のもののように。
邪魔者だと思っている自分に助け舟を出されたのが悔しくて恥ずかしくて情けないのだ。
真っ赤な顔で、しばらく彼女は自分をねめつけていたが…
「…!」
突如、ぷいっと顔をそむけ、足音も荒く部屋を出て行った…
とどめとばかり思いきり叩き付けられたドアが、ばんっ、と悲鳴を上げた。
その感情の起伏が激しい、あまりにも年頃の娘らしい反応に、つい苦笑を誘われる。
今は扉の向こうに消えてしまったさやかに、性懲りもなく、甲児がなおも心無い嘲笑を飛ばす。
「へん、なんでえ!
だぁ~からじゃじゃ馬は扱いきれねえってんだ。
まったく、調教師が必要なのはお前の方だよ!」
「そうだそうだ!」
シロウも調子に乗って迎合する始末。
(…やれやれ)
内心、ため息。
「甲児さん、シロウちゃん!」
「おっと!…へへ」
もう一度きっ、とにらみをきかせてたしなめる、すると甲児たちはまたもでれでれと笑いながら引き下がる…
…まったく、男というものは!
湧いてきた苛立ちは、先ほどのものと同じ類のもので。
まあ、言っても奴らに判るはずはないのだが…
と。
(…?)
精神の中で、「男」の方の自分が何やら首をひねっているようだが、無視した。

「それじゃあひとみさん、今日はゆっくり休んでくれよ!」
「じゃあね~!」
「ありがとう、甲児さん、シロウちゃん」
とりあえずは明日から本格的に働く、ということになり、
これから先使うことになる寝室に連れてこられた。
ピンクの壁紙、ベッド、机…
与えられた個室は、愛らしいピンク色を基調として飾られた部屋で、いかにも「女の子が好きそうな」という言葉で男が想像する、そんなイメージ通りの部屋だった。
にこり、と甲児たちに微笑み返す、最後の最後まで油断なく。
ばたん、と扉が閉まるまで、二人の男はずっとしまりがない表情のままだった…
「…ふう」
二人分の足音が遠くなり、消え失せるのを確認して。
やっとのことで、肩の力を抜くことができた。
ともかく、ようやく一人になれた…
もうあの阿呆どもに媚を売る真似をする必要もない。
演じることは不得意ではないにせよ、不倶戴天の敵に対してしなをつくってみせるのはさすがに疲れることだ。
ひとみの姿をした男爵は、ベッドにどさり、と転がる。
(…おい)
「!…何だ?」
その時。
己の片割れ、「男」の自分が、こころの中から呼びかけてきた。
彼は、「女」の自分に、不可思議そうに問いかけてくる。
(何故、弓さやかにあれほど肩入れする?
あの憎らしい小娘が、どれ程我らの邪魔をしてきたか!)
当然といえば、当然の問い。
今まで散々自分たちの作戦をご破算にしてきたのには、ひとえにあの小娘…アフロダイの捨て身の戦いぶりが一因であることには反論の余地がない。
にもかかわらず、何故にあの弓さやかをかばおうとする…?
「男」のあしゅらの疑問はもっともだ。
が、「女」のあしゅらは、事もなげに答える。
「わかっておるわ…それくらい」
(ならば、何故?)
「ふん」
鼻を鳴らす。
頭の回転の悪い「男」に、「女」は丁寧に解説を加えてやる。
…ここまでしてやらねばわからんほどなのだ、男の洞察力というものは。
「あの莫迦どもの言いぐさがあまりに聞き苦しくてな…
つい、味方をしたくなったのよ」
(兜甲児たちが、か?)
そうだ、とも言わず、無言。つまりは、そういうこと。
ひとみに化身したあしゅらは、目を閉じたまま。
しばしの間を置いて、彼女の中で「男」がうなった。
(うぅむ…何が気に喰わなかったのか、俺には分からん)
「…はっ!」
それが、「心底理解できない」というような、あまりに途方に暮れた弱々しいものだったから。
つい、「女」の口調に棘が生じる。
そう、いつだって男というものはそうだから。
「これだから、お前たち男は駄目なのだ…
鈍感で単純で、そのくせ女に頼っていながら女を見下す!
まったく、手も付けられん莫迦者どもよ!」
(…ぬぅ)
「男」の嘆息。「女」の沈黙。

そうして、しばしの間をおいて。
(と、ともかく)
少し動じたような声。
にわかに真面目になった「男」が、無理やりに話題を変えてしまう。
(我らの任務…わかっておるな?)
「元より承知」
間髪入れず、「女」が答える。
青空ひとみの声で、狡猾の色を溶かし込んだ声で。
(電波妨害装置を取り付け、研究所の防御を解く!)
「ああ!」
ここまでは、ほんのお遊戯に過ぎない。
内部より研究所の防衛機構を崩壊させるという大仕事、それこそがこの娘の姿を借りて潜入した本来の目的なのだから。
「さて…」
ぎしっ、と、ベッドが鳴る。
身を起こしたひとみの瞳に、闇色の闘志。
化けの皮の下で、男の黒い瞳が、女の青い瞳が、不吉に輝く。
「それでは、始めようか!」
美少女の化けの皮をかぶった邪悪が、動き出す。
この堅牢な砦を、内部から破壊するために。
迫りくるその時を、その正体を―


光子力研究所の間抜けな連中は…まだ、知る由もない。


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2011年のゲスト原稿から。
TV アニメ版第 63 話「爆弾を抱えた美少女」から題材をとって書いてみました。
ぜひご視聴 を!
あしゅら男爵は、男であり女であり、そして何より人間味にあふれている敵キャラです。
そんな彼(女)の魅力が少しでも描けたらいいな…そんなふうに思っています(*^○^*)

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